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人間関係に関する泣ける話・感動する話

笑う女子高生

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2014年1月21日 19:14
  • 人間関係

都内の某有名お花見スポットにお花見に行ったときのこと。

その日は前日とは打って変わってやけに気温の低い日だった。
温かい飲み物を求めて、最寄のスタバには客殺到。
私も店外に伸びた長蛇の列に加わって並んでいた。

暫く並んで、お店の入り口ももうすぐというところまで来た時、肩を叩かれた。
振り向くと、シロガネーゼ(古)風の巻き髪お化粧ばっちりの女性。
推定35歳。

「これお願い。一緒に買ってきて。」

と紙を差し出す。

紙はぐっちゃぐちゃに書かれた飲み物のオーダー。
しかも

「低脂肪乳で」
「ホイップ追加」

など注文がうるさい。
事情が飲み込めず、

(ていうか誰この人?)

などと頭が混乱して固まっていると、

「だから!これを買ってこいっていってるの!」

と追い討ち。

「え??」
女「だからぁ!子供が小さいから!子供って体が繊細なの!風邪引いたらあなた責任取れるの?」
私「???」

女性が指差すほうを見てみると、同じようなテイストの女性が数人とちびっ子たち。
どうやらママ友たちとお花見に来た模様。

女「あなたどうせ並んでるんだから一緒でしょって言ってるの!」
私「???」
女「メモ早く受け取りなさいよ。あなた日本語通じる?日本人じゃないの?」

呆気に取られて声が出なかった私だが、ここでようやく一言発することができた。
ただし大いに混乱していたため、

「どちらさまですか?」

という間抜けた一言。
我ながら(ノ∀`)アチャーと思ったところ、すぐ後ろから若い女の子が爆笑する声が聞こえた。
(手叩き付き)
振り向くと、私の後ろに並んでいた派手目なギャル2人(以下仮名Aちゃん・Bちゃん)が、腹抱えて大爆笑していた。
(ちなみに二人ともモデルさんのような美人だった。)

「ちょwww他人wwwww他人に命令wwwwwwwありえねwwwwwwww」
「日本語通じるとかwwwwwwそれおめえだしwwwwwwwwどんだけwwwwwww」
「やマジ意味わかんねえしwwwwwwてかマジどちらさまだしwwwwwwww」

箸が転んでも可笑しいお年頃のギャルたちは、およそこんな感じでとにかく大ウケ。
女性の表情がみるみる般若のように変わり、私からギャルたちにロックオン対象変更。
顔を引き攣らせながらギャルを睨みつけると、吐き捨てるように一言、

「下っ品な・・・親の顔が見てみたいわ。」

どの面下げて親とか言ってんだよと私もさすがに頭にきて、

「あなたねえ!」

と言いかけると、Aちゃんが私を軽く手で制した。
その後の彼女たちが、かっこよすぎて痺れた。

Aちゃん「確かにうちらチャラいけど、うちの親はウチが寒いとか文句言ってても、寒いのはみんな一緒だから、お年寄りとかウチより辛いんだから、我慢しろって言うわけ。ズルとかしないの。絶対。親がそんなだからウチはあんたのことありえないっつってんの。」
Bちゃん「うちの親、ウチが人にもの頼んで頭も下げなかったら、マジ100%ぶん殴るけどねウチのこと。顔見たがるのは勝手だけど、あんたも超怒られるよマジで。」

女性は顔真っ赤にして、眼球が飛び出るんじゃないかと思うような壮絶な表情で、メモくしゃくしゃに丸めてギャルたちに投げつけて、ガツガツと去って行った。
ギャルたちは自分たちのことそっちのけで、女性に向かって

「てめぇお姉さん(私のこと)に謝ってけよ!」

と怒ってくれた。
(女性は無視して行ってしまったが。)

「私のせいでイヤな思いさせちゃってごめんなさいね。」

と彼女たちに謝ると、

Aちゃん「え、お姉さん被害者なのに謝るとか意味わかんないし!」
Bちゃん「てかマジ頭おかしいすよねーあのババァ。気にすることないと思う。」

と逆に口々に励まされてしまった。
彼女たちの後ろに並んでいたおばさま方も、

「あなたたちやるわねえ!」
「いい親御さんなのねー。」
「でももっと女の子らしく喋りなさい。てめえなんで言っちゃダメ!」

などと話しかけ、彼女たちは照れくさそうに笑っていた。

ここからは余談。
彼女たちが

「小腹減った。」
「ケーキやばい超うまそう。」

だけど

「新歓とかあるし金ヤバめ。」

なため

「じゃあ今日は我慢だね。」

と話しているのを小耳に挟んだので、御馳走させていただくことにした。
自分の順番が回ってきたとき、小声で

「あの、後ろのお二人にケーキを・・・。」

とオーダーすると、店員さんは一瞬怪訝そうな顔をしていたが、そこに別の店員さんが登場。
彼は一連の騒動の時に外の清掃をしていた人で、レジの店員さんに事情を伝えてくれたらしい。
レジの店員さんは

「あーなるほど。」

という表情に変わり、

「かしこまりました。」

とオーダーを受けてくれた。
ギャルたちのトレーにケーキが運ばれ、

「え、頼んでないですけど?」

と戸惑う彼女たちに、店員さんがニヤリと笑って私を指し、

「あちらのお客様からでございます。」

と伝えた。
彼女たちはこちらが恐縮するほどあたふたして、Aちゃんは

「何で?何で?」

と繰り返し、Bちゃんは

「払いますっ。」

と言うが早いかバッグの中を大慌てで漁り始めた。

私「だってさっき助けてもらったんだから、これくらいのお礼はさせてもらわないと。」
Aちゃん「お礼とかほんといいですから!」
Bちゃん「うちらそんなつもりでアレしたんじゃないんで!」
私「それはわかってるのよ?でも・・・。」

押し問答になりそうだったところ、さっきのおばさま方が

「あなたたち、社会に出たら年上の人には御馳走してもらうのも礼儀のひとつよ。」
「そうよー、ここはいただいちゃいなさいよ!」

と援護射撃をしてくれて、さっきのやりとりを見ていたらしい店内のお客さんから小さな拍手なんかも起こって、彼女たちはようやく承服してくれた。

「ありがとうございます!」

と言われたので、

「そんな、こちらこそありがとうございました。」

と言って店を出た。
なんかもう本当にいい子たちだった。

美容師のオッサン

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2014年1月20日 01:37
  • 人間関係

俺自身が味わった不幸や悲しみとかでないのでなんだか微妙にスレ違いかもしれないがどうしても吐き出したかったのでさせていただく。

半年前、友達の薦めで某チェーン店の美容院に行ったの。
外観も接客も明るい雰囲気でとても良い感じだった。
ふと車椅子で深く帽子をかぶった女の子(おそらく12、3)が連れの人と一緒に来店した。
飛び込みだったらしく、しばらく待たされたあと彼女は店内に案内され、何人かの美容師達の手によって椅子に映ったところまでは良かったのだが。

帽子を外すと、そこには薬か何かの影響なのか、パサパサの髪に、ところどころ抜けてしまってとてもカットやカラーができるような頭じゃなかった。
その場の空気も一瞬凍ったと思う。
そして奇異の目を向けてしまったかもしれないそのときの俺にはほんとアホ、としか言いようがないのだが。

彼女自身、なんだかつらそうな顔をしていて、どうやら連れの女の人(母親という感じじゃなかった。看護婦?)が半ば強引に連れてきた感じらしい。
そうしたら奥の方から年配の男性(40くらいかな)が出てきたのね。
その人がやたら陽気で、ガハガハ笑うような、ほんとに美容師なのか、と問いただしたくなるようなオッサン。

で、オッサンが女の子に

「絶対きれいにするから、ばっさり切っちゃってもいいかな?」

と聞いたの。

俺は内心、髪の毛抜けちゃったりして傷ついてるみたいなんだからそんなに切ったら良くないんじゃないか、なんて思っていた。
もう、自分の頭よりもそっちが気になっちゃってしょうがなかったんだけど(俺はパーマだったんでしばらく時間がかかったので。)、そりゃあもう、出来上がりには驚いた。

ものすごいショートにして、その毛先もなんだかクルクルして俺が書くとなんだかおばさんの髪型か、と想像されちゃうかもしれないけど、なんていうか、雑誌とかでよく見るモデルみたいな髪型で。
パーマもカラー剤も使ってないのに大変身だったの。
もうぜんぜん前と違うの。

で、なにより違ったのはその子の表情なわけ。
仕上がりをみてものすごいにこにこしちゃって。
ちょっとやせてたけどすごい可愛い子だったってのがわかった。
最初はあんなに無口だったのにもうオッサンのバカみたいなしゃべりにいちいち大笑いしててさ。
もうその美容院の中がほんわかムードだよ。
美容師ってホントすごいな、と思った。
一緒についてきてた人もすごい感謝していて。
俺もその日はなんだかとてもいい気分で、いい美容院を見つけたとおもいながら帰ったんだけど。

先週またその美容院に行ったのね。
その日の施術もとどこおり無く終わって、さあ支払いだと言うときに、この美容院次回の予約ができるのでそれをしようとしたの。
そうすると顧客ファイルみたいなのを開いてチェックするんだけど。
俺の後がその例の女の子のファイルだったわけ。
その子があのあと毎月予約をしてはキャンセルしていたらしい印の後と(時間が記入されてはバッテンがついていた)、俺の行った日の三日くらい前の日からずーっと黒い太い線が引かれていたのを見たときに(それも、誰かが悲しくて書き殴ったかのような線で)急に不安な気持ちになった。

普通、美容院変えるとしても連絡なんてしないし、もう行きませんなんてわざわざ伝えるなんてしない。
ああ、これは、とちょっと悟ってしまった。

俺の勘違いで、引っ越しだとかなんかそういう理由でこれなくなったんだと思いたいけど、そのオッサンが黒いスーツパンツで仕事をしてるのを見てしまった。
あのときの表情とか笑い声とかすごいフラッシュバックして帰り道に号泣してしまった。

ぼくもう三年生やもん

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2014年1月 8日 14:43
  • 人間関係

JR大久保駅から通勤してたんですが、週2日は10時までに舞子に着けば良い時期がありました。
朝ゆっくりできるし電車は空いてて快適でした。
ホームへの階段降りてすぐベンチがあり、そこに書類カバン置いて缶コーヒー飲んでると・・・

「おかぁちゃん!ここ座れるで!座りや!」

と小学生くらいの男の子。

(しまった!)

と思い、俺はベンチのカバンをどけました。

「ほら二人座れんでー。」

母親と目が合い、俺は座るとこにかばん置いてたバツの悪さから会釈しました。

「おっちゃん!ここ座るとこやで!モノ置いたらあかんねんで~。」
「ごめんな~ぼうず偉いな~。」
「ボクもう三年生やもん。」
(おい鼻水出てるぞ。)

親子はそこから二つ目の明石駅で降りて行った。
仲良さそうで、なんだかいいなぁ・・・って思いました。

それからも何度かこの親子と一緒になりました。

「おっちゃん、また大きいカバン持って・・・仕事大変やな~。」
タメ口・・・( ̄― ̄)

その度にこのガキとは話をするようになったんですが、

「おかあちゃん、おかぁちゃん!」

言ってるこいつがまぁまぁ可愛く思ってました。

ところがしばらくこの親子とは会わなくなり、俺もこの遅い出勤がなくなってしまってた頃、その日は日曜に休日出勤になってしまい、お昼頃ホームで電車を待ってると、例のガキがその日は父親といました。

「今日はおとんとお出掛けか?」
「うん!いまからおかぁちゃんとこ行くねん。」
(え?親て別居中?)
「おかぁちゃん病院おってんけど今日帰ってくんねん。」

へえ・・・こいつが母親を気遣ってたんは通院の付き添いやったからか、いいとこあるやん。

「おっちゃんも仕事頑張れやぁ。」
やっぱタメ口( ̄ω ̄)・・・。

それから半年くらいたって、駅前がクリスマス一色になった頃に再び俺はそのガキに会いました。

「今日は一人か?おかんは元気か?」
「おかぁちゃん死んでもてん・・・。」

情けない大人で、何も言ってやれないまま同じ電車に乗りました。

(そんな重い病気やったんや・・・だからこいつはあんなに気遣って、おかぁちゃんおかぁちゃんて、この半年めちゃ悲しい思いしたんやろなぁ・・・。)

とか考えてたら電車の窓の外見ながら泣けてきました。
俺が降りる駅が近づいてきて

「どこまで行くん?ひとりで大丈夫か?」
「大丈夫や!」
「ボクもう三年生やもん。」
(今日は俺が鼻水出してた。)

貸し借り

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2014年1月 6日 17:25
  • 人間関係

小5のとき、通学路の交差点を渡っていたとき、右折車が横断中の俺めがけて突っ込んできた。
催眠術にかかったように体が動かず突っ込んでくる車を呆然と見ていたら(あらぬ方向を見ているドライバーの顔まではっきり見えた)、後ろから突き飛ばされ、俺は難を逃れた。

が俺を突き飛ばしてくれた大学生は車に跳ね飛ばされた。
泣きながら近所の家に駆け込んで救急車と警察を呼んでもらい、自分は警察の事故処理係に出来る限り状況説明をした。
後日、家に警察から電話があり大学生の入院先を教えられ、母親と見舞いに行って御礼を言った。

中学1年のとき父親の仕事の都合で同県内の市外(というか、山の中)へと引っ越した俺は、そこで先生となっていた件の大学生と再会した。

お互いに驚き再開を喜びつつ、3年間面倒を見てもらって(なんせ田舎の分校なので、先生はずっと同じなのだ)、俺は中学を卒業し、高校進学と供に市内に戻った。

地元の教育大学に進学した俺が教育実習先の小学校へ向かう途中の交差点で、自分の前を渡っている小学生の女の子に右折車が突っ込もうとしているのをみた。
今度はドライバーが携帯電話で喋りながら運転しているのが見えた。

スローモーションみたいに流れる情景に

「ウソだろ・・・。」

と思いつつ、とっさに女の子を突き飛ばしたら、自分が跳ね飛ばされた。
コンクリートの地面に横たわって、泣いてる女の子を見ながら、あのとき先生もこんな景色を見たのかな・・・とか考えつつ意識を失った。

入院先に、俺が助けた女の子の親が見舞いにやって来た。
彼女の親は中学時代の恩師であり、俺の命の恩人そのヒトだった。

「これで貸りは返せましたね。」

と俺が言うと

「バカ・・・最初から、借りも貸しも無いよ。」

と先生は言った。

ベットの周りのカーテンを閉めて、俺たち二人、黙って泣いた。

大事な妹

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2013年7月 9日 15:37
  • 人間関係

去年の12月一人の女性が亡くなった、親族でもない、彼女でもない女性。
いま思うときっと好きだったんだと思う、言い出せなかったよ。
まるで妹のような人。
出来るなら会いたい。

そのこは行き付けの居酒屋の娘だった。
25歳でおれより5歳年下だった。
知り合ったのは5年前、飲みにいくとかわいい笑顔で迎えてくれる子だった。
お店が終わっても、二人で違う店でいろんな事笑ったり泣いたり話し合った。
休日には暇があれば一緒に洋服買いに行ったり、お台場行ったりして楽しくはしゃいでた。

身体の関係にはならなかった。
おれには妹はいないけれど、まるで肉親と同じような感覚で、向こうもお兄ちゃんと慕ってくれた。

「彼氏が出来たから、お祝いで飲みに行こう!」

と言い彼氏と三人で飲んだこともあった。
彼女は笑顔で

「私のお兄ちゃん!悪いことしたらこの人に言うからね!」

と恥ずかしそうに笑って言ってた。
そして、12月の寒い夜、彼女は変わり果てた姿で病院にいた。
彼氏とバイクで事故を起こした。
彼は死亡。
彼女は重傷で、今夜が山だと医師から言われた。
しかし、神様は微笑まなかった。
目をうっすらと開けると、

「あ~お兄ちゃん・・・また・・・。」

そこで言葉は途絶えた。
機械はピーってなりつづけ、医師があわただしく入ってくる。

おれは手を握って叫んでた

「またお台場いこうな、また行こうな、だから・・・目を。」

言葉にならなかった。
手に力はなく離すとだらりと垂れる。
魂を分けてあげたかった
医師は何も言わず、蘇生措置は簡単に終わった。
映画で見る電気ショックなんてしなかった。
それやれば、映画のように生き返ってくれると思った。
医師に

「電気ショックの方法でしてください!」

と頼んだが、ダメだった。
床にへばりついて泣いた。
手を握りながら鼻水も何も関係なく泣いた。
まだ暖かい手を握り、顔を見ると少し笑ってるように見えた。

一晩中泣いた。
これほど涙が出るのかと思うほど泣き、彼女のことが好きだった自分に気づかされた。
あれからまだ少ししか月日が経ってない、もうお店には行けないよ。

俺の顔見て、お父さんやお母さんが君を思い出しちゃうからね。
二人で撮った写真君との思い出での宝物だよ。
こんな寒い夜はいつも空を見上げてる。
下向くと涙がこぼれちゃうからね。

でも俺、がんばって生きてゆくよ。
暖かい心をありがとう。
安らかに眠ってよ。
あと何年かは解らないけど、俺が天に召されたら会えるよね。
あの時いえなかった

「また・・・。」

の続、聞かせてよ。

ただいま運転を見合わせております

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2013年6月20日 12:00
  • 人間関係

私は埼玉県に住む中学3年生。
受験生の女の子。
今月の16日、私は石川県の高校を受験するためにお母さんといっしょに夜行列車に乗って学校へ出発した。
ところが、新潟県の長岡市で電車が動かなくなったの。

「どうしたの?」

ピンポンパンポーン♪

「JRよりお知らせいたします。本線は、上越地方に激しく降る積雪のため、ただいま運転を見合わせております。長岡から出発する目処は立っておりません。お急ぎのお客様におかれましては大変申し訳ございませんが・・・。」

お母さんがじっと私の顔を見る。
きっと、青白い顔をしているんだろう、私。
だって、明日の17日の朝から試験なのに、電車が動かないだなんて、どうすればいいの?
もう私、高校には行けないのかしら?

突然、お母さんが私の手をとった。

「行くわよ、お母さんがあなたを連れて行ってあげるからね。絶対あきらめないのよ!」

お母さんはそう言うと、私たちは長岡駅を降り、タクシーに乗り込む。
しばらくすると、私たちは北陸自動車道の長岡インター入り口までたどり着いた。

「ねえ、止まって~、止まって~。」

お母さんが声をかけると、1台の車が止まってくれた。

「やった~。」

思わず、私とお母さんは喜びの声を上げる。

「いいけど、上越までしか行かないぜ。」

私は、そこまでは順調だと思っていた。
だけど上越に着くと、もう真夜中だ。私たちが長岡駅を出たのだって夜中の12時を回ってからのこと。
そんな私たちを夜中に拾ってくれる車なんて・・・やっぱないよね。
右足と左足の交互運動だけがむなしく続き、私とお母さんは雪の中をずっと、ずっと歩き続ける。

「諦めないのよ。」

お母さんの励ましで私たちはガソリンスタンドにたどり着いた。

「お願いします。私たちを連れて行ってください。」

お母さんが声をかけたのは、でっかいでっかいトラックを運転するおじさんだった。

「いいぜ、乗んな。ただし金沢までだかんな。」

やった~。
おじさんありがとう。

私とお母さんは、また学校に向けて進むことができた。
でも、無情にも時間はいつも通り、ううん、いつもより早く流れてるかもしれない。
だって、もう夜も明けちゃったし、心配と、不安と、焦燥感と、涙が私を襲う。
やっぱり、私には無理だったの?
その時、突然トラックのおじさんが車の方向を替えた。

「○○まで行っちゃる。」
「おじさん!」

私とお母さんは手を取って喜んだ。

そうして私たちが学校に着いたのは、試験が始まるたった10分前だった。
途中でお母さんが学校に電話を入れてくれたので、先生が出迎えてくれていた。

「ありがとうございます。」

学校の先生もトラックのおじさんにお礼を言ってくれている。

「お名前を。」

そうだよね。
やっぱり気になるよね。
でも、おじさんは、

「うちの娘も受験生だから気持ちはよく分かる。」

とだけ言って、そのまま名前も告げずに行ってしまった。
私はそのまま面接試験に入り、そして作文試験に臨んだ。

「え~!?」

その時、私は内心、ものすごい大声で叫んだの。
だって、この作文試験、

「私が感動したこと。」

だって。
その時の私の脳裏に浮かんだもの、それはお母さん、そしておじさんだった。

「絶対にあきらめない。」

って言って車を探してくれたお母さん、深夜なのに私たちみたいな見ず知らずの親子を運んでくれたおじさんの温かさ、

「私は人の優しさに感動しました。」

そうして私とお母さんは、雪も穏やかな帰り道を、暖かい心でゆったりと家路についた。
ようやく、私には平穏な日常が戻ってきて、そして試験が終わって4日たった21日。
私に1通の手紙が届いた。
私はそれを開けると、そこにはこう書かれていた。

「合格」

と。

ボロボロの家のお医者さん

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2013年5月27日 12:41
  • 人間関係

俺の祖父は医者だった。
っていっても金はなく家はボロボロで食事なんか庭の野菜とお茶漬けと患者さんからの頂き物だけ。

毎朝4時に起きて身寄りのいない体の不自由なお年寄りの家を診察時間になるまで何件も往診して回る。
診察時間になると戻ってきて待合室に入りきらないで外まで並んでる患者さんを診察していく。
昼休みはおにぎりを片手にまた往診。
午後の診察をこなし食事をすませてまた往診。
夜中に玄関口に患者が来たり電話があればいつでも駆けつける。
一年365日休みなど無かった。

自分の体調が悪くなっても自分を必要としている人がいるからと病院にもいかず診療を続け無理矢理家族に病院に連れて行かれた時にはもう手遅れ。
末期がんだった。
でも、どうせ治らないなら入院はしないと痛みをごまかし死ぬ間際まで往診続けてた。

遺産なんか何もなし。
残ったのはボロボロの家だけ。
聞けば治療費を支払えない人ばかりを診察・往診していてほとんど収入なんか無かったんだって。

でも葬式のとき驚いた。
患者だけで1000人ぐらい弔問に訪れ、中には車椅子の人や付き添いの人に背負われながら来る人もいた。
みんな涙をボロボロ流して

「先生ありがとう、ありがとう。」

と拝んでいた。

毎年命日には年々みんな亡くなっていくからか数は少なくなってきてはいるけど患者さんたちが焼香に訪れる。
かつて治療費を支払えず無償で診ていた人から毎月何通も現金書留が届く。
いつも忙しくしてたから遊んだ記憶、甘えた記憶など数えるぐらいしかないけど今でも強烈に思い出すことがある。

トイレの落書き

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2013年5月13日 20:52
  • 人間関係

大きな病院に通院していました。

ある日、男子トイレの洋式の方に入り座ると、ドア裏に小さな落書きがあったのです。

『入院して二ヶ月、直らない。もうだめだ。』

そして二週間後(その落書きの事はすっかり忘れていたのですが)、またそのトイレに入りました。
ドア裏は落書きでいっぱいいっぱいになっていました。

『頑張れ』
『ガンガレ』
『必ず良くなるぜい!』

等々。

しかもその後、トイレはペンキ塗り直しされて、他のドアは新しい色になったのですが、なぜか、そのドアだけは塗り直されずに落書きがそのままでした。
それを見て温かい気持ちになりました。

憧れのディズニーランド

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2013年4月18日 11:47
  • 人間関係

事情があって生活保護を受けている母子家庭の知人の子供が夏休みに法事で東京へ来た。

「おじさんがディズニーランドへ連れてってあげるよ。」

と言うと頑なに固辞するので、

(子供のくせに遠慮するなあ。)

と思って理由を訊いたら

「だって高いから・・・。」

とだけ言うと、その子は下を向いてしまった。

「じゃあおじさんと、明日どこかドライブへ行こう。」

と次の早朝連れ出した。

首都高から湾岸線、浦安で降りるとTDLの看板があり、その子はまだきょとんとしていたが、駐車場へ入るあの角を曲がったときのその子の驚きと感動の歓声が忘れられない。

持ちきれないくらいのおみやげを買ってやり、5万くらい使ったが、馬にぶち込むよりはいい使い方だと思った。

バス停の恩人

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2013年3月25日 11:54
  • 人間関係

子供が3歳目の前にしているのに二語文はない。
専門医に色んな検査をしてもらい、今のところ病名をつけるようなものではないと診察された。
でも不安で不安で仕方なかった。
いつもバス停で一緒になるお友達のお母さんが喋りかけてくれてた。
その時勇気を持って告白。

「うちの子お喋りが出来ないんだ。だから答えれなくてごめんね。」

って。
そしたらそのお母さんが笑いながら

「大丈夫大丈夫。いつか喋れるよ。ね~、言ってる事は分かってるもんね~。」

と子供をあやしてくれた。
その告白以来、そのお母さんは息子に

「バイバイ。」

と声をかけタッチをしてくれるようになった。
いつもよりも言葉をかけてくれるようになった。

今日はバス停まで手を繋いで行ってくれた。
その後子供と二人でお散歩に出かけた。
子供が

「あっち、いく。」

と手を引っ張ってくれた。
初めての二語文に嬉しくて思わず泣いちゃった。

ありがとう、ありがとう。
笑顔でいつも接してくれて本当に感謝してます。
子供と向き合って必死になってる私を追い詰めず、いつも笑顔で大丈夫といってくれたあなたのおかげです。
子供だけじゃなく、私自身がいつも救われていました。

あなたのように、大きな笑顔で他の誰かの役に立てるように頑張ります。

ここで降りてください

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2013年3月21日 11:12
  • 人間関係

10歳の息子がある病気を持っており、車いす生活でさらに投薬の副作用もあり一見ダルマのような体型。
知能レベルは年齢平均のため、尚更何かと辛い思いをしてきている。

本日、通院日でバスに乗ったとき、いつも通り車いすの席を運転手が声かけして空けてくれたんだが、どうやらそれで立たされた人がムカついたらしく、ひどい言葉の暴力を喰らった。
(ぶくぶく醜い、何で税金泥棒のために立たされなきゃならないの、補助金で贅沢してるくせに、役に立たないのになんで生かしておくかなあ?)
それもこちらに言ってくるのではなく、雑談のように数人でこそこそ。
それがまだ小さい子連れの母親のグループだった。

息子が気付いて

「お母さん降りようか?」

と言ってくれたんだが、実は耳が聞こえにくいため、声が大きく発音が不明瞭な息子に今度は普通の声で

「きも!」

と言われたよ。
あまりのことに切れて

「何か息子の件でご迷惑でも?」

と言ったら笑いながら

「何か?だってwwうけるww」
「うち娘だから、あんなのに目付けられたくないしい、相手にしちゃ駄目よお~~~。」
「アタマがないからレイプされても泣き寝入りだもんね~。」

さすがにもう降りようとしたら、運転手さんがバス停に止まって

「えー、奥さん、ここで降りてください。」

517 名前:2/2[sage] 投稿日:2010/08/27(金) 19:37:33 ID:4KWOhtFe
(あーもーいいや、苦情だけ入れて二度とこの路線使うもんか。)

と思いながら車いすを外そうとしたら、

「あ、お母さんじゃなくて。」

と私を見て運転手さんが続けた。

「後ろの奥さん方、あなた方が乗ってること自体が他のお客さんに迷惑ですのでこちらで降りてください。」

私ポカーン、息子もポカーン、指された子連れママたちもポカーン。
そしたら後部から

「さっさと降りろ!うざいんだよ!」
「食べこぼしは片付けて行きなさいよ!」
「ほらさっさと行きなさい。」

との声が聞こえてきた。
さらに降りるときに運転手さんに

「クレーム入れてやる!おぼえとけ!」

と言ったら

「はいどうぞ。乗車賃いりませんからさっさと降りてください。」

と言われてた。
そいつらが降りてからお礼を言ったら、

「迷惑行為排除は私たちの仕事ですから気にしないでください。」

と言われてしまい、もう私涙目。
冷たい視線ばかりと思ってたのに、世の中捨てたもんじゃねえなと思ったよ。

ちなみに田舎ではないが、バスの数も少なくて一時間に2本ほど。
最寄り駅までは徒歩20分以上、タクシーなら通ってるから子供が熱中症になる前にさっさと乗ればいいけどね。

融通の効く上司

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2013年2月24日 19:46
  • 人間関係

12 :名無しさん@明日があるさ :2005/10/18(火) 20:09:48
約10年くらい前の話。
付き合っていた彼女とそろそろ結婚を考えていた。
仕事の遣り甲斐も感じ、結婚しても仕事を続けたいと希望していた彼女と俺にとっては、まさに好条件が整った状況下で不運は突然訪れた。

地方への転勤。
全く異なる業務と理不尽な異動。
今思えば確かに上司と意見が食違いぶつかりあう事も多かった・・・。
どうしても納得出来なかった俺は、転勤して3日以内に辞めてやるっ、更に憎まれ口を叩かれる存在になってやろうと決意した。
俺は転勤した後、誰とも口を聞かず、まともに仕事もしなかった。
流石に3日でやめる勇気もなく1ヵ月が過ぎたころ、残業中の俺に上司が声を掛けてきた。

「飲みに行かないか?」

行きたいとも思わなかったが断る理由もなかったので行く事にした。
店に着くとすぐに

「何を悩んでいるんだ?」

普段、比較的厳しい人だったので突然、屈託の無い笑顔でそう言われた事にいささか拍子抜けしてしまった。

13 :名無しさん@明日があるさ :2005/10/18(火) 20:24:45
俺は矢継早に自分の主張や将来やりたいと思っていたこと、そして何より彼女と真剣に結婚を考えていた事を正直に話した。
すると上司は

「そうか、わかった。」

少しうつむき加減で答えたその言葉は、俺にとってどう解釈してよいものなのかその時は分からなかった。

それから3ヵ月が経過し突然上司から会議室へ呼ばれた。
概ね察しはついた。
どうせまた、悪条件での転勤だろうと。

(あんな事、言うんじゃなかった。)

とその時は後悔した。
ところが話しを聞くと転勤には変わりなかったのだが、俺が希望した好条件での転勤内容だった。
驚いて

「なぜですか?」

と弾む言葉を抑えながら質問した。
すると、

「仕事以上にお前の一生を大切にしてやりたい。これからの人生を頑張れ。」

カーチャンが。。本当のカーチャンじゃなかった。。3

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2013年2月20日 11:20
  • 人間関係

カーチャンが。。本当のカーチャンじゃなかった。。2続き

191 :1:2011/07/13(水) 05:14:47.83 ID:hgHxcprj0
そこから数ヶ月。
本当に幸せだった。
式場探したり、なんやかやで時間が経つのはあっと言う間で、ついに俺の両親に合わせることになった。
予約していた料理屋で名前を告げる。
どうやら、両親は既に来ているようだ。

「緊張してきた・・・。」

と言うナギサと共に案内された席へ。
そこには、俺の全く知らない人がいた。

203 :1:2011/07/13(水) 05:22:12.11 ID:hgHxcprj0
母さんだった。
母さんが男の格好をしてその場にいた。
それを理解した俺はナギサに紹介した。

「両親です。」

驚いた顔をしているナギサ。
母さんはいつもの女にしか聞こえない声で自己紹介した。

「真実の母です。貴女に私のことを知ってもらうにはこれが手っ取り早いと思いました。」

オヤジは黙っていた。
これまでのこと、俺の生い立ち、家族のこと、全てを母さんはナギサに話した。
ナギサはうんうんと涙ながらに母さんの話を聞いていた。
最後に言った母さんの言葉は一生忘れないと思う。

210 :1:2011/07/13(水) 05:33:13.00 ID:hgHxcprj0
「私達は本当の親子以上の絆があると思っています。貴女も、真実と深い絆を結べるようなそんな家族にして下さい。本物ではないかもしれないけど、それが母である私の願いです。」

俺は不思議と泣かなかった。
というよりグシャグシャに泣いてるオヤジを見てちょっと引いてたw
ただただ、この子と結婚するって決めて良かった。
この人が俺の母さんで良かった。
って、ずっと思ってた。

これがこないだの日曜の話。
ともあれ俺は結婚することになり、ナギサの中には2ヶ月になる俺の子がいます。
二人で相談して、既に名前は決まっています。
(早すぎですけど・・・w)
オヤジと母さんの名前から一文字ずつ取って「瑞樹」。
俺の家族と同じように幸せな家庭を、ナギサと作っていこうと思う。
すいません。
終わりです。
母さんがあまりにカッコ良くてスレ立ててしまいましたw
長文乱文失礼致しました。

218 :1:2011/07/13(水) 05:38:50.32 ID:hgHxcprj0
っていうことで明日もあるし寝るぜw
ナギサ愛してる!!!!

カーチャンが。。本当のカーチャンじゃなかった。。2

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2013年2月19日 11:17
  • 人間関係

カーチャンが。。本当のカーチャンじゃなかった。。1続き

93 :1:2011/07/13(水) 03:16:28.55 ID:hgHxcprj0
母さんを見て愕然とした。
以前はふっくらとしていた体型もガリガリに痩せ、髪の毛もバサバサだった。
殺せなかった。
でも何か込み上げてきて、包丁で刺しまくった。
自分の腕を。

「ウクッ・・・!!アアアッ!!」

みたいな声にならない声を上げていたらオヤジが起きた。
物凄い形相で俺を殴りつけてきた。
そこまで記憶があるが、どうもボコボコにやられたらしい。
気がついたら自室に寝かされてた。

98 :1:2011/07/13(水) 03:19:35.42 ID:hgHxcprj0
腕の傷は深くなく、包帯があてがわれていた。
でも少し冷静になっていた俺はボーっと何も考えずに窓の外を見てすごしていた。
数日後、オヤジが俺の部屋にやってきた。
当然俺はドアを開かない。
オヤジはドアを壊して入ってきた。
以前の俺ならここで発狂していただろう。
だが、何故か冷静だった。
オヤジの顔を横になりながら見て、涙がスーっと流れたのを覚えている。

102 :1:2011/07/13(水) 03:26:43.82 ID:hgHxcprj0
「父さん。」

と言いたかったのだが、どうしても上手く喋れない。
何かを言おうとしている俺に父さんが

「真実、本当のことが知りたいか?」

と聞いてきた。
俺は反応しなかった。

「真実、お前が本当のことを知りたいと思っても、今は話さない。だがな・・・。」

オヤジがここで涙を流した。
心がズキッと痛んだ。

「お前が母さんのことを考えて、今までのことを思い返して、許せる時が来たと思ったら俺から話す。」

ということだった。
俺はそれから時間が経つにつれて、本当のことってのを知りたくなってきた。
まず、部屋を片付けてみた。
トイレにだけは行くようにしてみた。
少しずつ、オヤジと話すようにしてみた。
この一つ一つに一ヶ月以上の時間をかけて、こなすようにしてみた。
気がつけば、キャンプから二年が経っていた。

107 :1:2011/07/13(水) 03:30:11.93 ID:hgHxcprj0
いつしか、普通に喋れるようになっていた。
元々自分で言うのもなんだが、割と社交的だった俺は友達も少なからずいて、友達からずっともらっていたメールにも返信するようになった。
オヤジに対しても猜疑心はある。
しかしいつしか自然に話せるようになっていた。
しかし笑顔はやはり無かった。

111 :1:2011/07/13(水) 03:35:15.33 ID:hgHxcprj0
ある日、オヤジが一冊の本を持って、俺の部屋に勝手に入ってきた。
さすがに怒る。
勝手に入ってくるなよ・・・などと言っていたら何も言わずにベッドに無言で座る。
パラパラとページをめくる。
そこには俺の成長の記録が記されていた。
俺が体調を崩して気が気でなかったこと、何を与えればいいのかわからなくて、勉強したことのメモ、初めて立った日のこと、顔立ちが自分に似てきた、だの書いてあった。
一番は母乳が出ないってことが多く書いてあったかなw
自分の子じゃねぇんだから、似てくるわけねぇだろ・・・とか思いながら見ていた。

115 :1:2011/07/13(水) 03:39:33.49 ID:hgHxcprj0
別の本を渡された。
そっちには決して人には見せられない悩みの日記が記されていた。
いつか言わなくてはいけない・・・。
自分みたいになって欲しくないから絶対に運動部に入って男らしくなってほしい・・・。
なんで自分は女に生まれなかったのか・・・。
真実は軽蔑するだろうな・・・。

120 :1:2011/07/13(水) 03:44:22.10 ID:hgHxcprj0
もうね。
気がついたら音読してたのw
ボロボロ涙出てきて、許せない気持ちと、でも母さんは愛してくれてたってのがわかって、ずっとオヤジと二人で泣いてた。
それからまたしばらくして、母さんに会いたくなってしまった。
でもキッカケがなかなか訪れない。
自分からは会いに行きたくないし、会っても悪態ついてしまうだろうなって思ってた。
ある日の夜、オヤジが歩いてる音がしてドアを静かに開けた。

126 :1:2011/07/13(水) 03:49:21.75 ID:hgHxcprj0
オヤジの足音だと思ってたのは母さんのものだった。
時間が止まった。
最近は俺が徐々に元に戻っていたこともあり、母さんも元の綺麗な母さんに戻っていた。
少し安心してくれてたんだろう。
数秒間何も言わずに目が合っていた。
すごく長い時間に感じたけど数秒間だったんだろう。
かれこれ、マトモに顔を合わせるのは二年ぶり?くらいだった。

「まこt・・・。」

母さんが言いかけた途端に
涙腺が決壊してボロボロになって出た言葉が

「母さん、今日はカレーが食べたい。」

だった

132 :1:2011/07/13(水) 03:53:35.41 ID:hgHxcprj0
そのうち少しずつ少しずつ家族というものに戻っていった感があった。
高校を辞めていた俺は、必死に勉強して、大学に進学した。
大学に進学するまでが人生で一番大変だったと思うw
なんせ外に出るのがとても怖い。
あの逃げ出した夜がトラウマだったんだと思う。
外に出ると

「それじゃ行こう⇒ドコへ?⇒何の為に?⇒そうだ、逃げなきゃ」

って気持ちになってしまい、予備校をサボったことも多々あった。

136 :1:2011/07/13(水) 03:59:09.71 ID:hgHxcprj0
俺は次第にその記憶は封印するようになっていた。
本当のことを聞くのは怖い。
じゃあ忘れた方がいいんじゃないかって。
大学に入ったら新たな友達ができた。
充実していたのかな?きっとしていたと思う。
彼女もできたし、初めてのセックスもした。
でも、そのセックスっていうもの自体に嫌悪感を抱くようになっていた。
なぜなら、男女を強く意識してしまうから。
そして迎えた成人式の日。

140 :1:2011/07/13(水) 04:03:24.59 ID:hgHxcprj0
あ、ゴメン、成人式の前の日だw
オヤジに誘われて釣りに行った。
オヤジが真面目な話する時は大体釣りに誘ってくるw
きっと今日はあの話なんだろうと思って釣りへ出かけた。
そんな日に限ってオヤジが空気を読まずにガンガン釣りやがるw
俺はほぼボウズに近かったwww

「オヤジ・・・なんか話あったんじゃないの?一旦休憩したら?」

と聞いてみた。
ヒマだったのでw

「釣れてる内は釣る!でないと機会損失が云々・・・。」

とか言い出し、結局話さないまま釣り終了w

143 :1:2011/07/13(水) 04:05:51.16 ID:hgHxcprj0
既にハタチだった俺とオヤジは二人で居酒屋へ。
釣った魚を捌いてもらった。
脱線するけど、これがまた美味い!
生もモチロン美味かったけど、炉辺の店だったから焼いてもらう。
至福。
そんなこんなでいい感じに酔っ払った後にオヤジに本当のことを話された。
多分オヤジも酒の力を借りたかったんだろうな。

156 :1:2011/07/13(水) 04:12:14.75 ID:hgHxcprj0
要約するとこうだった。

・俺とオヤジは血は繋がっているが、父親ではない。
・若くして死んでしまった親父の親類の子供が俺。
・本当の母親は、俺の父親が死んでしまった後に産むことを決意したが、俺を産んで死んでしまう。
・親戚の反対を押し切り、オヤジが俺を育てることを決意する
・俺の名前は、本当の両親の名前を一文字ずつ取って「真実」という名前にした
・オヤジは母さんのことを愛している。二人は俺を引き取る前から一緒に暮らしていた
・オヤジは女のことも好きw

164 :1:2011/07/13(水) 04:19:44.02 ID:hgHxcprj0
何よりも嬉しかったのは、俺の名前を考えたのは母さんだったということだった。
そして自分の子供のように愛してくれていたということを改めて知った。
家に帰ってから母さんのこと抱きしめた。
多分酒入ってなかったらできなかったと思うw
育ててくれたことにお礼を言いたかったけど、俺の為に母親で居続けてくれたことにお礼を言いたかったけど、野暮ったいし、恥ずかしいから何も言わないで抱きしめた。

167 :1:2011/07/13(水) 04:24:35.80 ID:hgHxcprj0
俺は就職氷河期なんてなんのその!で無事に就職できた。
準大手の商社に勤め、安定した暮らしを送れるようになっていた。
恋人もいたし、それなりに充実した毎日だった。
それまでの恋人は、無理もないが、同性愛に対して寛容に思える人がいなかった為、誰にも家族の話はしていなかった。

170 :1:2011/07/13(水) 04:29:15.68 ID:hgHxcprj0
今の恋人、仮にナギサにしよう。
ナギサは、とても明るい女の子だった。
活発で社交的で行動的。
そして何よりもカッコ良い女の子だった。
小柄で150センチしかないのだがバイクと車が大好きで、愛車はフルカスタムされたスティード。
足が届かなくて道路の縁石に足を置いて停車してる姿がまた可愛いのなんのって。
あ、なんかすみません・・・。

171 :1:2011/07/13(水) 04:34:00.76 ID:hgHxcprj0
ナギサもまた複雑な家庭環境の子だった。
幼くして両親は他界し、まだ物心ついてなかったこともあり、祖父母が両親としてナギサを育ててきた。
祖父母がかなり若い。
ナギサが産まれた時祖父母はまだ30代だった。
そのこともあり、自分の両親であることを疑わなかったそうだ。

「このことを知っているのは親類と真実だけ。」

ナギサは何か俺に似た匂いを感じたのかはわからないが、ある日そう打ち明けてくれた。

173 :1:2011/07/13(水) 04:38:38.69 ID:hgHxcprj0
どうしても俺はナギサに打ち明けることができなかった。
というより偏見を持たれるのが怖かった。
偏見を持つような子じゃないってわかってるのに、ね。
でも俺はナギサのことがどんどん大好きになっていった。
でも結婚するとなると、俺の家庭事情をはなさないといけない。
でもどうしてもずっと一緒にいたい。
でもでもでも、と頭の中で葛藤が生まれていた。

176 :1:2011/07/13(水) 04:45:26.39 ID:hgHxcprj0
ナギサも結婚したいという気持ちはあったらしい。
一緒にドライブに行ったり、マッタリしたり、そんな時間がいつも心地良いと思ってくれてたようだ。
しかし、俺の態度が煮え切らないことに業を煮やしたようだ。
ある日話がある、と呼び出された。

「大阪に赴任することになったの。遠距離恋愛は私にはできないから。別れましょ。」

177 :1:2011/07/13(水) 04:49:38.71 ID:hgHxcprj0
俺の人生の中で二番目に大きなパニックが襲いかかった。
でも前のように逃げるわけにはいかない。
いい大人だ。

「その赴任はどうにかならないの!?」

取り乱していたと思う。
俺はナギサの事が何よりも大事になっていたから。
大いに悩んだ。
どうすればいいんだろう、家族のことを打ち明けられない。
だから結婚してくれ、なんて言えない。

179 :1:2011/07/13(水) 04:53:25.61 ID:hgHxcprj0
その時まだ実家暮らしだった俺は、笑顔の戻った食卓を囲んでいた・・・が、俺の元気の無さを察して母さんが言う。

「真実、何かあったね??」
「別に・・・。」

沈黙の続く食卓。
ドン!
と母さんが食卓を叩く。
行儀悪いなw
オヤジはポカーンww

「真実、我が家の家訓第二条は?」
「その日あったことはなるべく話すようにする・・・です。」

181 :1:2011/07/13(水) 04:57:46.34 ID:hgHxcprj0
「よろしい。では『なるべく』話したまえ。」

俺は全て話した。
母さんは途中口を挟まず最後まで話を聞いてくれた。
ここ数年で母さんはとても強くなってきた。

「真実、母さん達がそんなに恥ずかしい?母さん達は愛し合ってるし、素敵な家族だと思ってるよ?真実が選んだ子に話すのは抵抗ある家族なの?もしも、多少でも重荷に感じるなら、私たちのことを隠してその子と結婚してもいいのよ。」

その日の夜、母さんの言葉を噛み締めて、決心した。
プロポーズしよう。

183 :1:2011/07/13(水) 05:01:12.50 ID:hgHxcprj0
次の日、平日だったが俺は有給を取り駆け回った。
婚約指輪を買う為だ。
給料三か月分・・・というのが頭にあった。
何故か源泉徴収を握り締めてたw
何の証明に使う気だww
そして普段余分な金は全て家に入れていた為、三ヶ月分の給料なんて手元に無かった。
俺は消費者金融で金を借りたw

187 :1:2011/07/13(水) 05:11:21.02 ID:hgHxcprj0
準備を終えてナギサを呼び出した。

「何?別れるって言ったでしょ?」

俺に迷いは無かった。

「俺はナギサと別れたくない。遠い所になんて行かないでずっと俺のそばにいてくれ。俺は、お前と新しい家族を作りたい。俺の家族とも家族になって欲しい。だから、結婚してくれ。」

指輪を差し出しながら言った。
ナギサはしばらく黙った後・・・

「まずね、アンタ今日臭い。匂う。どんだけ汗かいてんの?それと、服装も最悪!もうちょっとマシな服で言ってきてよね!んで、道端ってなんなの!?お洒落なレストランでも予約しなさいよ!」

俺のHPがどんどん削られたww

「そこまで言わなくても・・・。」

と俺が言うと、指輪奪い取られて薬指に付けて一言。

「だって・・・一生に一回しかないじゃん・・・。」

俺たちは結婚することになった。

カーチャンが。。本当のカーチャンじゃなかった。。3に続く

カーチャンが。。本当のカーチャンじゃなかった。。1

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2013年2月15日 19:08
  • 人間関係

1 :名も無き被検体774号+:2011/07/13(水) 01:00:39.87 ID:XNVlncRV0
当時のことを思い出していたら涙が止まらなくなった。
単なる養子だった、とか後妻だった、とかそういう話ではないんだ。
俺の半生なんて需要無いことはわかっているが、お前らに聞いて欲しい代行人が立てたので、遅くなるかもしれません。

8 :名も無き被検体774号+:2011/07/13(水) 01:28:31.67 ID:hgHxcprj0
くだらん生い立ち話からスタートする。
よければ聞いてくれ。

13 :640:2011/07/13(水) 01:33:05.44 ID:hgHxcprj0
俺は生まれは東京、育ちは神奈川。
ごくごく中流の家庭に生まれた。
昔からオヤジは陽気な性格、母さんはとてもオヤジを愛していて、きっと幸せだったんだと思う。
幼稚園児の頃からヤンチャで怒られることが多かった。
小学生の時には詳細書けないが、大事件とも言える事件を起こした時、母さんが学校に来て涙を流して謝っていた。
俺は幼かったからか、母親の涙の意味なんてわからなかった。
後から母親に初めて殴られたことを覚えてる。
殴られた瞬間に更に母親の涙がとめどなく溢れたことも、強く印象に残ってる。

15 :1:2011/07/13(水) 01:36:02.29 ID:hgHxcprj0
640ってなんだ・・・
一応スペック
俺・・・現在27歳。キモメン以上フツメン未満。
母さん・・・46歳。優しい。料理上手い。自然好き。趣味は家庭菜園。
オヤジ・・・陽気。ただのアホ。口癖は「なんくるないさー」。しかし生まれも育ちも関西。

16 :1:2011/07/13(水) 01:39:29.61 ID:hgHxcprj0
書き込み遅くてゴメン。
書き溜めするべきだったね。
ある時、町内会で温泉旅行の企画が立てられた。
こういうイベントはいつもオヤジと一緒に行っていた。
なぜか母さんはいつだって家で留守番をしている。
町内の他の子供は母親がついてきてくれているのに、とても寂しかった思い出があった。
どうしても今回の温泉旅行には行きたい。俺は元々ワガママを言う子供ではなかったと思う。
しかし、オヤジが出張中で母親についてきて欲しいとせがんだ。

18 :1:2011/07/13(水) 01:42:11.85 ID:hgHxcprj0
母さんはついてきてくれなかった。
かわりにワザワザ親戚の叔父さんを呼んで、一緒についてきてくれることになったんだ。
「お母さんは僕のことが嫌いなのかな」って叔父さんに言ったら何故か凄い剣幕で怒られた。
幼心にとても怖い経験だったなぁ。
母さんは親戚と疎遠だった。
というより、母さん一人が親戚に嫌われている感じだった。

20 :1:2011/07/13(水) 01:48:26.05 ID:hgHxcprj0
親戚連中からの扱いはそれはもうひどく、
・あの人(母さん)と話してはいけません!と自分の子供に諭す。
・まるでゴミでも見るような目(今にするとそう感じる)
・母さんの母親が死んだ時、葬式から追い出される。
・年賀状なんて一通も無し。
・オヤジが堅い仕事で蓄えもあることを知るや否や、金の無心。しかし断ると「金の亡者」などと痛烈なバッシング。
だが今は、親戚連中は子供の俺にはその理由がわからないように気を遣っていたんじゃないかって思うようになった。
「なんでお母さんはいじめられてるの?」と聞いたことがあった。
子供残酷w
結局どんなに聞いても、「本当は仲良しなのよ」と母さんはずっと笑っていた。
陽気なオヤジもその時は暗い顔をしていた。

24 :1:2011/07/13(水) 01:53:34.92 ID:hgHxcprj0
中学生になると、俺はずっと勉強の日々。
両親は俺に愛情を注いでくれていたし、それは可愛がってくれたもんだ。
月々の貯蓄を残して、それ以上は使わない!が家訓であった我が家。
俺がどうしても欲しい教材があった時、母さんは臨時のパートに出てまでして教材を買ってくれた。
そんな親の期待を裏切らないように必死で勉強して、
公立学区内でトップの高校に進学することになった。
その時は母さんもオヤジも顔グシャグシャにして喜んで、
胴上げしなきゃ!とか言い出して、マンションの他家庭の人に人手頼んでまで俺を胴上げしてきやがったw
テラ非常識w
近所迷惑ww

27 :1:2011/07/13(水) 01:58:38.75 ID:hgHxcprj0
俺の家庭にはいくつかルールがあった。
・両親の寝室には決して入らない
・ケンカは必ず話し合いで解決する
・その日学校、職場、家であったことはできるだけ話す
そして
・朝の30分、夜の30分、絶対に使ってはいけない部屋がある

28 :1:2011/07/13(水) 02:03:51.46 ID:hgHxcprj0
どうもかいつまんで話すことも順序立てて話すことも苦手だから時系列などは察してほしい。
中学の頃の部活は水泳部だった。
俺は母親みたいに料理が上手くなりたくて、料理クラブに入りたかったのだが、母さんが許してくれなかった。
オヤジは「好きなことをやらせてやれ」と言うが
母さんは「もっと男らしく強くなれることをやりなさい!」と運動部を強く勧めてきた。
その夜は、オヤジと母さんが大喧嘩になり、夜中までオヤジの怒鳴り声が聞こえてきた。
ワンワンと泣く母さんの泣き声も聞こえてきた。
陽気なオヤジの怒鳴り声なんて聞いたことがなかった俺はずっと怯えていた。
母さんが運動部を勧めるのには理由があった。

29 :1:2011/07/13(水) 02:06:20.87 ID:hgHxcprj0
子供の頃から俺は病弱で、いつもいつも母さんは俺の体を心配していた。
運動自体があまり好きではない俺は体も強くならず学校も休みがちで、
体調のすぐれない俺を母さんはいつもいつもずっと夜遅くまで看病してくれていた。
でも、運動部の理由はそれだけじゃなかった。

33 :1:2011/07/13(水) 02:09:42.44 ID:hgHxcprj0
俺が高校一年の時の夏休み、家族で旅行に行くことになった。
場所は某避暑地。
俺はとてもうかれていた。
家族での旅行では、色々な所に行ったが、こういったアウトドア?っぽいのはなく、
オヤジと毎日釣り、BBQ、テニスなどの計画を練って、ずっと楽しみにしてきた。

34 :1:2011/07/13(水) 02:12:38.84 ID:hgHxcprj0
遠足でもあそこまでうかれたことはなかったw
オヤジは都心に勤めているので、車を持っていなかった。
レンタカーを借り、初めてのオヤジの運転に乗った。
免許持っていない俺でもわかる運転の危うさw
しかしそれも旅のスパイス。
三人で歌を歌いながら、目的地を目指していた。
高校生にもなって家族仲良すぎw
思えば反抗期なんてものはそれまでの人生でなかったように思う。
オヤジのことを愛していたし、母さんのことも愛していた。

35 :1:2011/07/13(水) 02:15:53.82 ID:hgHxcprj0
まず目的地に到着したら、さっそく俺とオヤジはサイクリングへ。
母さんは夜のカレーの食材を買いに。
いい感じで汗をかいて戻ってきたら、楽しいカレー作りの始まり。
包丁なんて持ったことないオヤジはおもいっきり指切ってたw

「ニンジンも赤いから多少血がついても問題ないだろ。」

とかワケのわからんこと言うオヤジw

「やべ・・タマネギで涙出てきた・・・ゴーグル取って。」

小学生かオヤジw

36 :1:2011/07/13(水) 02:18:07.45 ID:hgHxcprj0
コテージ?のガス台で牛肉を圧力釜にかけてホロホロに柔らかくしたビーフカレー。
とても美味しかったのを覚えている。
でも、その食事を最後に向こう三年間、家族で食卓を囲むことはなかった。

38 :1:2011/07/13(水) 02:23:53.31 ID:hgHxcprj0
メシを食い終わって、翌日向かう釣りポイントの確認をオヤジとしていた。
旅先で浮かれていたんだろう。
俺は我が家の禁を犯してしまった。
コテージの中は入り組んでいて、どこに何があるかわからない。
トイレに向かった俺がドアを開く。
そこには母さんがいた。

40 :1:2011/07/13(水) 02:24:27.22 ID:hgHxcprj0
そこは風呂場だった。
母さんの股間に見慣れた物がついていた。

42 :1:2011/07/13(水) 02:27:19.13 ID:hgHxcprj0
頭がおかしくなった。
とりあえず叫んだ。
後から聞いたが、30秒くらい叫んでたらしい。
それくらいのパニックに陥っていた。
何がなんだかわからなくなった俺は、飛び出して行ってしまった。
外は真っ暗闇だった。
だが、ワケがわからなくて、叫びながら走った。
本当に頭がおかしくなっていたと思う

45 :1:2011/07/13(水) 02:31:03.58 ID:hgHxcprj0
そのパニックが、走っている内に両親への嫌悪感に変わっていった。
タメだ、あそこにはもう帰れない。
そう思いながら、とにかく走った。
同時に、今まで親戚の態度がおかしかったことの理由を理解した。
親戚が決して母さんのことを「名前」で呼ばなかったこと。
虫を見るような目で見ていたこと。
母さんに風呂に入れてもらった記憶がないこと。
大勢のイベントに参加したがらないこと。

48 :1:2011/07/13(水) 02:33:57.62 ID:hgHxcprj0
それから俺はあてもなく、数日間遠くへ遠くへ逃げていった。
空腹感もあったが、それどころではなかった。
しかしそこは人間。
食べなきゃ死ぬ。
そして食べたいという気持ちもある。
財布はコテージに置いてある。
ポケットには数枚の小銭。
200円くらいだった記憶がある。
コンビニでおにぎりを買う。
公園で水を飲む。
涙が止まらなかった。

49 :1:2011/07/13(水) 02:35:37.83 ID:hgHxcprj0
何から?
どこへ?
そんなこと気にせず逃げた。
ひたすら逃げた。
現実と向き合って、家族と話すことから逃げたかった。
オヤジは?
本当のオヤジなのか?
もう何も考えたくなかったけど、ずっと頭が堂々巡りを起こしていた。

52 :1:2011/07/13(水) 02:37:57.66 ID:hgHxcprj0
気がついたら町のちっぽけな食堂みたいな所に入っていた。
限界に腹が減っていたんだろう。
中を様子見した。
なんだ!爺さん婆さんの店じゃねぇか!
食い終わったらすぐ逃げてやろうと思った。
犯罪なんて関係ない。
もう俺はあそこ(家)から逃げ出すんだ。
必死だった。

55 :1:2011/07/13(水) 02:41:09.59 ID:hgHxcprj0
>> 51
母さんは隠すことに必死だった。
ありとあらゆる策を講じていたんじゃないかな。
そんな頭がおかしい状態だったが、妙に冷静ではあった。
極度の空腹だったから、重い物は避けないと・・・なんて考えてたのを思い出す。
テレビを見る。
バラエティ番組をやっていた。
馬鹿笑いしているタレントを見て妙に腹が立った。

「和風定食です。」

婆さんがメシを持ってきた。

57 :1:2011/07/13(水) 02:44:48.58 ID:hgHxcprj0
真実と書いて「マコト」って読みます。
おにゃのこじゃないです。
食べる。
今両親は何をしているだろうか。
母さんは泣き崩れているだろう。
オヤジは母さんを陽気に慰めて

「真実は強い子だからすぐに帰ってくるさ。」

なんて言っていたんだろうと思う。
涙が出てきたが、グッと抑える。
食い終わった。
頭の中は逃げることでいっぱいだった。

58 :1:2011/07/13(水) 02:46:41.62 ID:hgHxcprj0
その時だった。

「オイ、坊主。隣いいか?」

今でもその言葉をハッキリ覚えている。
店主の爺さんだった。

60 :1:2011/07/13(水) 02:50:44.73 ID:hgHxcprj0
「坊主、美味かったか?」
「あ、はい・・・。」

嫌な予感というか、ヤバい、と思っていた。

「あのな、この料理はな、~~を使って、~~の味付けで・・・。」

料理の話をし始める爺さん。

「んでな、俺は朝5時から起きて、仕込みをしてんだよ。つってもジジイだから朝はどのみち早いんだけどよ。」
「・・・。」

早く逃げたかった。

「この定食一つ売って、純粋な利益なんて、ウン十円なんだよ。」

こう言われた時、ドキッとした。

「オイ。」

63 :1:2011/07/13(水) 02:53:56.67 ID:hgHxcprj0
「お前、家出してるだろ?こんな辺鄙な所で、徒歩で、しかも夜。見たこともない顔だ。」
「・・・。」

何も言わずうつむいていた。

「今回は見逃してやる。金なんて持ってねぇんだろ?俺の奢りだ。」
「だがな・・・。」
「決して甘やかしたりはしねぇ。200円だけ持たせてやる。どこかで親に電話しろ。親に心配かけてることへ責任を取れ。」

今でもグッサリ心に突き刺さってる言葉。
俺はその200円でまたおにぎりを買った。

67 :1:2011/07/13(水) 02:58:05.55 ID:hgHxcprj0
正直心が腐っていたんだと思う。
俺は爺さんの気持ちを裏切っていた。
次の飲食店で食い逃げをしてアッサリつかまった。
警察が手馴れた感じで淡々と事務をこなし、どうしても呼ばないでくれという俺の願いを無視して両親へ連絡をした。
未成年者への対応としては当然だった。
両親が迎えに来る。
今まで反抗したことなどなかった。
とても仲の良い家族だった。
罵声も汚い言葉も、使ったことさえなかった。
ただただ幸せな家庭だった。
だが、俺の母さんへの第一声は

「てめぇは近寄るんじゃねぇ。」

だった。

72 :1:2011/07/13(水) 03:01:24.59 ID:hgHxcprj0
家へ多分一週間ぶり?に帰ってきた俺は、汚い体であるにも関わらず、風呂にも入らず、ずっと部屋にひきこもった。
学校へも行かない。
母さんと顔を合わせたくなかった俺は汚い話になるが、排泄物も部屋で済ませ、オヤジに処理させていた。
ずっと信じてきたものが、あの優しかった母さんが、ずっと騙し続けていたことにただただ絶望して、世の中に希望なんて何もなかった。

78 :1:2011/07/13(水) 03:05:36.54 ID:hgHxcprj0
>> 68
なんか定番なのじゃなくて、ちょっと手のこんでるやつだった気がするw
今ファミマで売ってるキムチチャーハンとかソッチ系w
それから一年が経った。
俺は全く変わらず、引き篭もっていた。
時間の感覚もよくわからない。
それどころか、上手く喋れなくなっていた。
後からわかったがストレスと誰とも喋ってなかったのが原因だったらしい。

80 :1:2011/07/13(水) 03:07:33.54 ID:hgHxcprj0
ずっと考えていた。
自分は誰の子かもわからない。
でも聞きたくないし、話したくもない。
こんな偽者の家族なんていらない。
どうすればいい?
どうすればこの現状を変えられる?
すごく自然に一つの結論に達した。

「そうだ。あの偽者の母親を殺せばいい。」

夜中にコッソリ台所へ降りて、包丁を手にした。

86 :1:2011/07/13(水) 03:10:22.57 ID:hgHxcprj0
心に何の抵抗もなかった。
本気で殺してやろうと思った。
その後でオヤジを問いただして、
もしもオヤジも本当の父親じゃないなら殺して、当面の金を奪って逃げようと思った。
家庭の禁の一つ、両親の寝室に入ってはならない、を破りドアを開けた。

カーチャンが。。本当のカーチャンじゃなかった。。2に続く

腹違いの兄貴

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2013年2月12日 12:07
  • 人間関係

腹違いの兄貴が居る。
俺小学5年、兄貴大学生の時に子連れ同士の再婚。
一回り近く年が離れていたせいか、何だか打ち解けられないまま。

大学入試の時、入学金の事親に言えないでいたら、兄貴が知らない内に払っていた。

俺「気を遣わないでよ。いざとなれば働けば・・・。」
兄貴「馬鹿野郎。俺はお前の兄ちゃんだ。」

後でちょっと泣いた。

姪っ子が大怪我した時、限界まで輸血した。

兄貴「もういい止めろ。死んでしまう。」
俺「うるさい。俺は○子の叔父さんだ。」

義姉共々泣かした。
お返しだ。
ザマミロ。

姪っ子の結婚式の時、

「私にはお父さんとお母さんと、叔父さんの血が流れています。」

って言われて図らずも号泣。
兄貴夫婦以上に号泣。
大恥かいた。

部長の解雇

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2012年8月25日 14:59
  • 人間関係

そのときの部長はすっごく冷たくて、いつもインテリ独特のオーラを張り巡らせてる人だった。
飲みに誘っても来ることは無いし、忘年会なんかでも一人で淡々と飲むようなタイプで、良く怒られていたこともあって俺はすごく苦手だった。

ある日のこと、部長の解雇を伝える社内メールが全員に届いた。

「あのむかつく部長が居なくなる!!」

心の中でガッツポーズしたのは俺だけじゃなかったはずだ。

それから1週間後、部長の最後の出勤日。

退社のセレモニーが終わるとみんなそそくさと帰って行ったが、部長と俺だけは居残って仕事を片付けていた。
送別会の開催も自ら断った部長を苦々しく思っていると、珍しく専務から呼び出された。

しぶしぶ専務室に行くと、課長と専務が待ち構えていた。
俺はそこで始めて課長から「部長解雇の真相」を聞いた。

原因は俺だった。
俺のミスの責任を全て部長がかぶってくれたらしい。
話を聞いてたまらなくなった俺は急いで部署に戻ったが、部長の姿はすでに無かった。

ふと自分の机の上を見ると、封の開いた買い置きのタバコ。
すでに一本無くなってる。
横に添えられたメモにはこう書いてあった。

「これぐらいはいただいても良いはずだ。」

俺にとっては無くなったその一本が、思い出の一本です。

サンタさんからのDS

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2012年6月 8日 10:38
  • 人間関係

27 名前:名無しさん@お腹いっぱい。(新潟・東北)[] 投稿日:2011/03/16(水) 11:03:56.98
ついさっきの話。

当方宮城県民。
朝からスーパー並んでたんだが、私の前に母親と泣きべそかいた子供がいたんだ。

子供は大事そうに壊れたDS(画面の亀裂はもちろん色々飛び出してる)を持っていて、時折ボタンを押しては反応が無いことに落胆している様子。

母親との会話を聞くと、どうやらそのDSはサンタさんから貰ったらしい。

子供がすんごい悲しそうでさ、ゲームができないことより、サンタが怒ってないか気にしてた。

周りも私も何とも言えない気持ちになってたら、1人の中学生くらいの男の子が子供に近づいてった。
で、自分のDS渡したんだよその子。
しかも

「サンタさんから頼まれた。」

とか言って、壊れたDSと自分の交換してた。
子供大喜び。
母親は涙ぐみながら頭下げてた。

凄い嘘臭いけど本当の話。
電気ないし水ないし寒いし食料も充分じゃない。
けどだいぶ気持ちが明るくなったよ。

余談だが、この現場を見ていたらしいおばちゃん達、その中学生に自分達が買った食料分けてた。
私は彼にパワーを貰ったので、これを見たあなた達にもお裾分けしたい。

頑張ろうね。

小学生の頃、難聴の子がクラスにいた。

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2012年6月 7日 09:15
  • 人間関係

40 :彼氏いない歴774年:2010/04/08(木) 11:51:55 ID:8BvSxVt5
小学生の頃、補聴器付ければ普通学級でも問題無い程度の難聴の子がクラスにいた。
彼女はめちゃくちゃ内気で、イジメられこそしてなかったけど友達はいなかった。

ある時、学校の行事でうちのクラスは歌に合わせたダンスをする事になった。
みんなであーでもないこーでもないと振り付けを模索していた時に、誰かが

「そういえば○○ちゃん(難聴の子)って手話出来るじゃん。それ参考にしたら?」

と言い出し、みんなで

「手話見せて!」

と○○ちゃんに集まって聞いた。
彼女はだいぶ戸惑ってたが、色んな手話を披露してくれて

「すげー!」
「色々な動きがあるんだねー。」

とみんな関心。

その後、行事では手話を動きに取り入れたダンスで先生達に褒められ、みんな手話自体に興味を持ち、学校で手話クラブが出来るまでのちょっとしたブームになった。

「(手話の)先生」

というあだ名が付いた○○ちゃんはよく笑うようになり、行事前と比較して別人のように明るくなった。

卒業式の時、証書をもらう為に壇上に上がった○○ちゃんは、急に立ち止まって、泣きながら、

「みんなありがとう。みんなのおかげでとても楽しかった。私は違う中学に行くけど、一生忘れません。」

と、たどたどしい言葉と手話でみんなに向かって言ってくれた。

もう、クラスの女子は泣くわ先生達は泣くわ、保護者は泣くわ、校長まで号泣するわ。

ずっと年賀状のやり取りを続けていたんだが、こないだ彼女から結婚式の招待状が届いた。

それで思い出した話。

6歳年上のお姉さんができた。12歳年上のお父さんもできた。

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2012年5月23日 14:17
  • 人間関係

768 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2009/07/14(火) 01:29:44 ID:Sz0CHrYx
夜中にこっそり長文を貼ります。
怒らないで。

高校の時、母親が病気で亡くなった。
父は弱い人だったのだと思う。
苦しむ母親から目をそらして、他に恋人を作って、母親が亡くなると、父は家を出ていった。

「高校卒業までは面倒をみる。その後は自力で暮らしてくれ。」

受験も追い込みに入る3年生の秋、わたしはこうして独り暮らしを始めることになった。

わたしの通っていた高校は進学校で、ほぼ100%の生徒が大学を目指していた。
わたしだけ、大学受験という目標は消えた。

授業料や家賃や光熱費は父が負担していた。
生活費は送ってもらえなかった。
どこを探しても家にはお金がなかった。

父の新しい相手は、他人の奥さんだった。
きっと慰謝料のために何もかも持っていったのだろう。

769 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2009/07/14(火) 01:30:38 ID:Sz0CHrYx
わたしは母の死から立ち直れていなかった。
バイトと奨学金で自力で進学することすら思いつかない、世間知らずの甘えた娘だった。

「お金を送って。」

と父に連絡すらしなかった。
父を憎みすぎて声を聞きたくなかったから。
目先のお金がなかった。

受験勉強する友人から離れてアルバイトを始めた。
お小遣いをかせぐバイトはあんなに楽しかったのに。
食べるものがなくて追い詰められてするバイトは苦しいだけだった。

心配してくれる友人はいた。
大人の人も。
父の噂がひろがり、わたしは恥ずかしさと情けなさで、周囲の人から距離をおいた。

年が明けて、TVでセンター試験の話題が出始めたころ、心が折れた。
バイトに追われてはいたが、惰性で勉強は続けていた。
それをやめた。

年末年始のわずかなバイト料を持って、わたしは家出をした。
昔は仲良しの家族が住んでいた、もう誰もいない賃貸マンションから逃げた。
3年生の登校日はもうほとんどない。
誰も心配もしないし探そうともしないはず。

770 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2009/07/14(火) 01:31:39 ID:Sz0CHrYx
遠い場所まで逃げた。
冬の家出はつらい。
考え事をしたいだけなのに、寒くて外にはいられない。
怪しまれないようにネカフェを転々として、お金はどんどん減っていった。

最悪の決心をした。
援助交際をしよう。
処女を売ろう。
体を売ろう。
街に立って親切そうな人にこちらから声をかけることにした。

良さそうな人はなかなか見つからない。
ようやく優しそうな30代くらいの人に目をつけた。
声をかける前に目が合った。

「何か?」
「あの・・・。」

練習したはずなのに、

「わたしと遊びませんか?」

とは言えなかった。
その人は察したらしかった。
じろじろと見られた。
警察の人かも知れないと思っておびえた。

「家出?」

頷くわたし。

「お金がない?」

また頷く。

「泊まるあては?」

首を横に振る。
男の人は少し考え込んだ。
そして

「一緒においで。」

といった。
立派なマンションに着いて、少し驚いた。
エレベーターで上がり、男の人は

「ただいま。」

といってドアを開け、わたしに

「上がって。」

といった。

「おかえり。」

と若くて綺麗な女の人が出てきたときは死ぬほど驚いた。

「あら、こちらは?」
「俺もよく知らん。家出してきて困ってるらしい。」
「ええ?あら、それは、えっと、あ、とにかく上がってね。」

奥さんらしかった。
すごく驚いて慌てていた。

771 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2009/07/14(火) 01:32:28 ID:Sz0CHrYx
先にお風呂をすすめられた。
その間に夫婦会議があったようだ。

わたしがお風呂から出ると、奥さんはすっかり落ち着いていて

「大変だったね。すぐご飯にするから。」

と笑いかけてきた。
こんな展開になるとは思わなかった。
どっと安心した。

事情はきかれなかった。
でも黙っていたら怪しまれるし、間が持たない。
食後のお茶の時間、わたしは勝手に自分の事情を説明した。

時々、質問された。2人とも真剣にきいてくれた。
奥さんは口に手をあてて

「つらいわね。」

と涙声でいってくれた。
旦那さんも

「つらいな、それ。」

といって黙ってしまった。
わたしは思わず泣き出してしまい、ご夫婦はわたしが泣き止むまで長いこと待っていてくれた。

それから覚悟を決めて、旦那さんに援助交際を持ちかけようとしたことを謝った。
信じてもらえる自信はなかったけど、今回が初めてだと必死に強調した。

「怖かった、もう二度としない。」

と言った。
奥さんは

「ああ、そういうことか。」

と旦那さんの方をちらっと見て笑った。

「成功してたら旦那とあなたをグーで殴るとこだった。もうこんなこと考えるのもだめ。」

優しく言われた。
怒られはしなかった。

「ごめんなさい。」

と繰り返して、また泣いた。

772 名前:おさかなくわえた名無しさん投稿日:2009/07/14(火) 01:33:24 ID:Sz0CHrYx
旦那さんは30歳、奥さんは24歳。
新婚さんだった。

「落ち着くまで泊まっていくといい。」

お言葉に甘えることになった。
翌日、学校の先生に連絡をいれてくれた。

「そうですか、よろしくっていわれたよ。冷たいもんだな。」

旦那さんは苦笑いしてた。
騒ぎになってなくてよかった。

「のんびりしててね。」

何日かはそうした。

いつまでも何もしないでいると申し訳ない。
奥さんの家事を手伝わせてもらうことにした。

奥さんは優しくて明るくて、急に姉ができたような気がした。
2人並んで旦那さんに

「いってらっしゃい。」
「おかえりなさい。」

を言うようになった。

「不思議な光景だな。」

と旦那さんは笑った。
ご夫婦に相談に乗ってもらって、今後のことを話した。

「地元が嫌ならこっちで職探ししたら?こうなったら最後まで協力するよ。」
「そうします。」

といって卒業式に出るために一度帰宅した。

お寺に行って母のお墓の供養のことを頼んだ。
卒業式の後、安い菓子折りを持って、近所や学校の先生や友人宅に挨拶回りした。

父には

「○○で働きます。引っ越すので後始末よろしく。」

とだけ連絡した。
みんな旦那さんのアドバイスに従ったこと。

「それでいい。けじめは大事だよ。」

と旦那さんに言われた。

773 名前:おさかなくわえた名無しさん投稿日:2009/07/14(火) 01:34:16 ID:Sz0CHrYx
父からは卒業祝いか手切れ金か、いくらかお金が振り込まれた。

「いまさら。」

と腹が立った。

「無視されるよりましだと考えたら。」

と慰められた。
そのお金で引越しができた。

ご夫婦の近所のアパートを紹介してもらった。
心苦しかったけど、お金を借りて敷金と礼金を払った。

アルバイトはすぐ見つかった。
バイトしながら正社員の口を探す日々が始まった。

最初は疲れてしまって、食事はご夫婦のお世話にばかりなっていた。
奥さんが何かと物をもってきてくれた。
2週間くらいで体が慣れて自活できるようになった。

今はある会社で経理事務をやっている。
節約すれば貯金もできる。
正社員として決まったとき、ご夫婦はすごく喜んでくれた。

「娘が独立したみたいだ。」

と旦那さんは笑った。

「妹でしょ。」

と奥さんも笑った。

「俺が12歳のときにできた娘。」

と旦那さんがいった。
年齢でいえばそうなる。
ご夫婦にいろいろ借りてしまったお金も少しずつ返せている。
まだ先は長いけど。

774 名前:おさかなくわえた名無しさん投稿日:2009/07/14(火) 01:35:09 ID:Sz0CHrYx
どうしてこんなに親切にしてくれたのか聞いたことがある。

「たまたまだよ。」

と言われた。

「誰でも助けるかというとそうじゃないが。でも放っとけない。」

ご夫婦のこともいろいろときいた。

わたしほどじゃないけど、お2人ともあまり良い家庭環境ではなかったこと。
それで意気投合して温かい家庭を作ろうと、奥さんが卒業してすぐに結婚したこと。

「そうは見えません。奥さんはずっと幸せに育ったお嬢様みたい。」

というと

「あら嬉しいことを。」

と奥さんは笑った。

「俺のおかげだな。」

と旦那さんがいった。

「でもね、きみには悪いけど、俺たち、きみ以上にきみのお父さんを嫌いかもしれないよ。」

と言われた。

「子供捨てるような親はね、大嫌いなんだ。」

と旦那さんがいった。
奥さんが頷いて、わたしの方を見て

「ごめんね。」

といった。

775 名前:おさかなくわえた名無しさん投稿日:2009/07/14(火) 01:36:11 ID:Sz0CHrYx
今でもご夫婦のお宅をたまに訪ねている。
仲良しのご夫婦を見るのが好きだから。
自分の両親も昔はこうだったと思うとつらくなる。

でも、このお2人のおかげで将来は自分も温かい家庭を持ちたいと思うことができる。

わたしには母がいた。
亡くなってしまったけど優しかった母。
優しかった父はどこかに消えてしまった。

かわりに6歳年上のお姉さんができた。
12歳年上のお父さんもできた。

以上です。

僕のお父さん

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2012年5月22日 11:55
  • 人間関係

600 : ほんわか名無しさん :2006/11/03(金) 14:14:19 0
小学生の時僕はイジメられていた。
無視されたり叩かれたり・・・。
死にたいとは思わなかったけど、学校に行くのはとても辛かった。
イジメをするのは一部のクラスメートだけだったけど、他の子たちは自分もイジメられるのが怖くて、誰も助けてはくれなった。

ある日授業で「自分のお父さん」の事について作文を書く授業があった。
先生は

「なんでもいいんだよ。遊びにいった事とか、お父さんの仕事の事とかでいい。」

と言っていた。

けど、僕はなかなか書く事ができなかった。
クラスの子達はみんな楽しそうに書いている中、僕一人教室のなかでひとりぼっちだった。

結果から言うと、作文は書いた。
書いたのだが「自分のお父さん」というテーマとは違う事を書いた。
あとで先生に怒られるかも・・・またこれがきっかけでイジメられるのかなと子供心にとても不安だった。
でもそれしか書けなかった。

601 :ほんわか名無しさん :2006/11/03(金) 14:48:08 0
作文は授業の終わりと同時に集められ、先生は

「来週、発表会をします。」

と言った。
先生はそのまま教室を後にした。
その後は頭を叩かれてイジメられているふだんの僕がいた。

「じゃあ今日は発表会をしてもらいます。」

今日は作文の発表会の日。
ただひたすら

「僕の作文は選ばれませんように。」

ただ祈って下を向いているだけだった。

発表会は順調に進み、あと10分で授業も終わるところまで来ていた。
僕は少し安心していたのだが、その期待は無駄だった。

「では、最後に〇〇君に読んでもらいます。」

頭の中は真っ白だった。

「あの、先生・・・僕はお父さんの事書いてないです。」

クラス中から非難の声が上がった。

「バカじゃねえの?廊下に立ってろよオマエ。」

いろいろな声が飛び交ったが、非難の意見はみんな一緒だった。
もうどこにも逃げられなかった。

「静かにしなさいっ!」

突然の大声に教室は静まり返った。

「先生はどうしても読んでもらいたいの。だからみんな聞いてください。」

602 :ほんわか名無しさん :2006/11/03(金) 15:16:15 0
「さあ読んでください。」

いわれるままに僕は作文を読んだ。

---------
僕のお父さん。
僕のお父さんはいません。
幼稚園の時に車にはねられて死んだからです。
だからお父さんと遊んだのもどこかへ行った事もあまりありません。
それにお父さんの事もあまりおぼえていないです。
写真があるのでみましたがおぼえていないです。

だからおばあちゃんとお母さんのことをかきます。
お母さんは昼間しごとにいってお父さんののかわりに働いています。
朝はやくから夜おそくまでいつも働いています。
いつもつかれたといってますが、甘いおかしやたいやきを買ってきてくれるのでとてもだいすきです。

おばあちゃんはげんきで通学路のとちゅうまでいつもいっしょに歩いてきてくれます。
ごはんはみんなおばあちゃんが作ってくれてとてもおいしいです。
お母さんが働いているので父兄参観の時にはおばあちゃんが来てくれます。
みんなはおまえの母ちゃんババァなんだとからかってくるのではずかしったけど、でもとてもやさしいいいおばあちゃんです。

だからお父さんがいなくても僕はあまりさびしくありません。
お母さんとおばあちゃんがいてくれるからです。
お母さんは

「お父さんがいなくてゴメンね。」

と言ったりするので、早く僕が大人になって仕事をしてうちの家族のお父さん代わりになって、お母さんとおばあちゃんの生活を楽にしてあげたいと思います。

だからおばあちゃんには

「長生きしてね。」

といつもいっていて、お母さんにはいつも肩をもんであげています。
二人とも泣いたりするのですこしこまるけど、そんなお母さんとおばあちゃんが僕は大好きです。
---------

一気に僕はしゃべった。
先生には死んだお父さんのことを書けばいいのにと言われると思ったし、クラスの子達からは

「おまえお父さんがいないのか?もしかして捨て子だったんじゃねえか?」

とまたイジメられるのかなと思ったりしていた。
顔をあげる事もできなかった僕は救いを求めるように先生の顔を見てみた。

先生は立ったまま泣いていた・・・。

604 :ほんわか名無しさん :2006/11/03(金) 15:58:42 0
先生だけではなかった。
他の子たちもみんな泣いていた。
僕が始めて好きになった初恋の子は、机にうつぶして泣いていた。
イジメていた子たちもみんな泣いていた。

でも僕にはなぜみんな泣いているのか分からずにいた。
どうして?
お父さんがいないからお母さんとおばあちゃんの事を仕方なく書いたのに。
どうしてみんな泣いているのだろう?

「〇〇君・・・。」
「はい・・・。」
「先生は人の心が分からないダメな先生でした。ゴメンなさい。世の中には親御さんのいない子もいるのにね。そういう子たちの事も頭になくてお父さんの事を書いてだなんてあなたの事も知らなかったとはいえ本当にごめんなさいっ!」

先生は顔を覆ったまま泣き崩れていた。

それがその日起こった出来事だった。

605 :ほんわか名無しさん :2006/11/03(金) 16:17:48 0
次の日からなぜかイジメられなくなった。
相変わらず口悪くからかったりはされたけど殴られる事はなく、イジメのリーダー格の子に遊びに連れていってもらえるようになった。

先生はその後の家庭訪問でその日の出来事をおばあちゃんに話して謝っていた。
作文の事は僕は話もしていなかったので少し怒られたけど、話を聞いた母も、今は亡くなったばあちゃんも、うれし泣きみたいなくちゃくちゃの顔で叱ってくれた。

僕も立派な、人に誇れるような仕事はしていないけど、家族のおかげで一人前の大人の男にはなれたとは思う。

大人になった今でもその時の事はなぜか覚えいるし、ふと思い出したりもする。
これが僕がかける自分の思い出です。

私的な事を長々書きすぎましたね。
でも読んでくれた方には「ありがとう」と言いたいです。

松屋のおばちゃん

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2012年3月28日 10:22
  • 人間関係

551 :おさかなくわえた名無しさん :2007/02/04(日) 21:19:48 ID:dMDMpdDU
地方で働いてた時の話。
仕事終わってから仲間と松屋で飯を食べる事が多かった。

そこの松屋には必ずいるおばちゃんがいて、いつもニコニコしながら仕事してた。
いつも笑顔だし喋り方とかちょっと変わった人だったから、最初は冗談で仲間とその人に喋りかけてたんだ。
聞けば、明らかに労働基準法違反な時間を働いてた。
忙しい時間に一人で働いてたりもした。
(あとからバイトが遅れて登場。)

そんなおばちゃんを見て、混んでる時は

「俺達はあとまわしで良いから。」

ってよく言ってた。
そして遅れて出てくるぶた飯には漬物とかおまけが必ずついてた。
そんなことが数カ月続いて、俺は仕事を辞めることに。
だからあと一ヶ月で地元に帰る、ということをおばちゃんに話したら、

「辞める前に一回来てね。」

とのこと。
一ヶ月後、地元に帰る前日に約束通り松屋に行った。
忙しそうだったから、いつものように

「後回しで良いから。」

と伝えた。
普段より長い時間待たされてたがあまり気にせず。
ようやく出てきたと思ったら、皿が多い。
多いなんてもんじゃない。
豚皿、各定食の肉、カレー・・・ほとんどのおかずが出てきた。
ご飯も大盛り。

「おばちゃんからのおごりだよ、これから頑張ってね。」

涙ぐみながら全部食べた。
おばちゃんには悪いが、最初はおふざけで話し掛けてて、でも色んな話をして仲良くなって、最後には門出?を祝ってくれて。
出会いってわからないね。
おばちゃん、体に気をつけて頑張って下さい。
ありがとう。
ごちそうさまでした。

イタズラ

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2012年3月 8日 09:01
  • 人間関係

俺が小5の頃とても母親想いの新米教師がいて、月一くらいの頻度で郷里の母親と手紙をやりとりしていた。
しょっちゅう俺たちにマザコンとからかわれながらも、とても幸せそうだった。

ある時、俺含む悪ガキ連中数人が職員室に行くと、その教師の机の上にその母親からの手紙があったので、俺たちはほんの軽いイタズラのつもりで手紙を持ってそのままエスケイプした。
そのまま教師をからかって、適当に手紙をリレーしながら校舎を逃げ回っていたが、何回もリレーをするうちに誰かが手紙を無くしてしまった。
大変なことをした、と真っ青になってみんなで教師に謝りにいくと、烈火のごとく怒られたが、最後には苦笑して俺たちを許してくれた。

数日後、その先生が学校を休んだ。
母親が居眠り運転のトラックにはねられ、死んでしまったのだそうだ。

先生は

「もう中身は読んでたから大丈夫だよ。」

と言ってくれたが、未開封だったことは自分たち自身が一番良く知っていた。

「イタズラ」という言葉を聞くと、今でも先生への申し訳なさで死にたくなる。

バスと赤ちゃん

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2012年2月 8日 09:14
  • 人間関係

東京にいた今から16年程前の12月も半ば過ぎたころの話です。
私は体調を壊し、週二回、中野坂上の病院に通院していました。

その日は今にも雪が降り出しそうな空で、とても寒い日でした。
昼近くになって、病院の診察を終えバス停からいつものようにバスに乗りました。

バスは座る席はなく、私は前方の乗降口の反対側に立っていました。
社内は暖房が効いていて、外の寒さを忘れるほどでした。

まもなくバスは東京医科大学前に着き、そこでは多分、病院からの帰りでしょう。
どっと多くの人が乗りあっという間に満員になってしまいました。

立ち並ぶ人の熱気と暖房とで、先ほどの心地よさは一度になくなってしまいました。
バスが静かに走り出したとき、後方から赤ちゃんの火のついたような泣き声が聞こえました。

私には見えませんでしたが、ギュウギュウ詰めのバスと人の熱気と暖房とで、小さな赤ちゃんにとっては苦しく、泣く以外方法がなかったのだと思えました。

泣き叫ぶ赤ちゃんを乗せて、バスは新宿に向い走っていました。
バスが次のバス停に着いた時、何人かが降り始めました。

最後の人が降りる時、後方から、

「待ってください。降ります。」

と、若い女の人の声が聞こえました。

その人は立っている人の間をかきわけるように前の方に進んできます。
その時、私は、子どもの泣き声がだんだん近づいて来ることで、泣いた赤ちゃんを抱いているお母さんだな、とわかりました。

そのお母さんが運転手さんの横まで行き、お金を払おうとしますと運転手さんは

「目的地はどこまでですか?」

と聞いています。
その女性は気の毒そうに小さな声で

「新宿駅まで行きたいのですが、子どもが泣くので、ここで降ります。」

と答えました。
すると運転手さんは

「ここから新宿駅まで歩いてゆくのは大変です。目的地まで乗っていってください。」

と、その女性に話しました。
そして急にマイクのスイッチを入れたかと思うと

「皆さん!この若いお母さんは新宿まで行くのですが、赤ちゃんが泣いて、皆さんにご迷惑がかかるので、ここで降りるといっています。子どもは小さい時は泣きます。赤ちゃんは泣くのが仕事です。どうぞ皆さん、少しの時間、赤ちゃんとお母さんを一緒に乗せて行って下さい。」

と、言いました。

私はどうしていいかわからず、多分皆もそうだったと思います。
ほんの数秒かが過ぎた時、一人の拍手につられてバスの乗客全員の拍手が返事となったのです。
若いお母さんは何度も何度も頭を下げていました。

今でもこの光景を思い出しますと、目頭が熱くなり、ジーンときます。
私のとても大切な、心にしみる思い出です。

過労

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2012年2月 5日 23:22
  • 人間関係

会社で、私の隣の席の男性が突然死してしまった。
金曜日お酒飲んで、電車で気分悪くなって、途中下車して駅のベンチで座ったまま亡くなってしまった。
死因はスカッシュをやって亡くなった宮様と同じもの。
享年55歳。

でもみんな、分かっていた。
この人仕事のし過ぎで亡くなったんだって。

私はそのとき祖母の納骨で地方にいた。
お通夜は出れなかったが、その日のうちに東京戻って、翌日は休みの予定だったけど、会社行った。
上司に言われて花を買いに行った。

「社員の人が亡くなったので、机に飾るお花にしてください。」

花屋さんで、泣いた。
こんなことは初めてだった。
綺麗だがとても香りの強い花で、今でも私はその香りを嗅ぐと涙が出る。

亡くなった時に持っていたカバンには、家で仕事をするための膨大な資料、会社のPCにはやりかけの仕事が山のように入っていた。
とりあえず私を含めた三人で割ったが、それでも追いつかない。
仕事の中にはとても単純だけど、時間のかかる作業とかいっぱいあった。

何度か言ったことはある。

「やることあったら言ってくださいね。」

と。
その人は穏やかに笑って、

「じゃあ考えておくね。」

と。
いつもこの繰り返し。

膨大なデータを集計しながらまた涙。
なんでもっと強く言って、仕事をぶん取らなかったんだろう。

「私がこうした単純作業だけでも引き受けていたら、この人は死なずに済んだじゃないだろうか。」

と後悔ばかり。

そんな中、その人の家族が荷物を引き取りに来た。
小柄で華奢な奥さんと、真面目そうな女子大生。
一人一人に丁寧に挨拶。

私の番になった。
奥さん、私の名札を見て小さく笑う。

「何度か主人から聞いていました。職場にとても真面目で優秀な女性がいて、いつも仕事ないですか、何でも言ってくださいね、って言ってくれるんだ、って。あなたのことですね。主人はとても感謝していましたよ。」

会社だし、他の部の人もいるし、とかそんなこと関係なく泣き崩れた。
ありがとう。
私のことそんな風に思ってくれてありがとうって思った。

早いものでもう来月は三回忌。

私はそのとき以来、部員の仕事量も観察して、一人の負担にならないように自分に出来る仕事はぶん取ったりすることもある。

この間、亡くなった男性の仕事を引き継いだ男性から言われた。

「もしあなたがいなかったら、俺は仕事に追い詰められて死んでたかもしれない。笑い話じゃなく、本当に。だから、ありがとう。」

その言葉で、やっと救われたと思った。

人種差別

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2012年2月 3日 08:52
  • 人間関係

50代とおぼしき妙齢の白人女性が機内で席につくと、彼女は自分の隣が黒人男性であるという事に気がついた。
周囲にもわかる程に激怒した彼女はアテンダントを呼んだ。
アテンダントが

「どうなさいましたか?」

と訊くと

「分からないの?」

とその白人女性は言った

「隣が黒人なのよ。彼の隣になんか座ってられないわ。席を替えて頂戴。」
「お客様。落ち着いていただけますか?」

とアテンダント。

「当便はあいにく満席でございますが、今一度、空席があるかどうか、私調べて参ります。」

そう言って去ったアテンダントは、数分後に戻って来てこう言った。

「お客様、先ほど申し上げましたように、こちらのエコノミークラスは満席でございました。ただ、機長に確認したところ、ファーストクラスには空席があるとのことでございます。」

そして、女性客が何か言おうとする前に、アテンダントは次のように続けた。

「お察しとは存じますが、当社ではエコノミークラスからファーストクラスに席を替えるという事は通常行っておりません。しかしながら、或るお客様が不愉快なお客様の隣に座って道中を過ごさざるをえない、という事は当社にとって恥ずべき事となると判断いたしますので、当然事情は変わって参ります。」

そして黒人男性に向かってアテンダントはこう言った。

「ということで、お客様、もしおさしつかえなければ、お手荷物をまとめていただけませんでしょうか?ファーストクラスのお席へご案内します。」

近くの乗客が、歓声をあげるのを、その白人女性は呆然と眺めるだけであった。
スタンディングオベーションを送る者もいた。

火事の中で

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2012年2月 2日 10:53
  • 人間関係

581 :癒されたい名無しさん :05/02/01 18:15:43 ID:5m9CY41l
貫きたい想いがあったとしても人は状況によって簡単に想いを変えてしまう。
だから私は今まで人を信じたことなかった。

幼い頃、たまたま旅行に来てたホテルで火事になった。
煙で前も見えず、聞こえるのは叫びだけ。
長年つれそった妻でさえも置いて逃げる人。
自分の命が大事で子供さえも突き飛ばし先に逃げようとする従業員。
誰一人として自分を優先してるとしか思えなかった。

恐かった。
迫りくる火よりも人の本性が。
そんな想いを隠しながら生きてきた。
誰も信じず一人で生きてきた。

その中で大地震は起こった。
忘れもしない。

次第に大きくなる揺れ、倒れる柱、割れるガラス。
立つことさえもできない、何が起こっているのか考える暇をあたえない。
気が付くと倒れてきた柱によって私は下敷きになってしまっていた。

あぁ、終わりだ。
生きたとしても恐かった。
また人の本性を見てしまうのが・・・。
助けなんて期待しない。
ただ死ぬのを待っていた。
そんな時、声が聞こえた。

「待ってろ!今、助けてやる。」

隣の家の人だった。
見ると右手にヒドイ傷を負っている。

彼は両手で柱を持ち上げた。
信じられない。
その人は大工だ。
そんな事したら傷がヒドクなり右手が使えなくなる。

「手が空いてるヤツ手伝ってくれ!」

彼はそう叫ぶと人が次々に現われた。

皆、傷を負っている。
知らない他人を助けるために自らを犠牲にしてまで、かけつけてくれた。
幼い子供ですら来てくれた。

助けだされた私はお礼を言い謝った。
そうすると彼は告げた。

「ははは!人の手はな、守る為にあるもんだ!ははは!」

涙が出た。
周りを見ても 息子をカバって下敷きになってしまった人。
妊婦にパンを笑顔で渡す食べ盛りの幼い子供。
犬でさえも必死になって助けようとする人々。
火が上がってる家に飛び込み助けようとする人。

身内どころか他人なのに必死だった。
一人も・・・誰一人として自分を優先にしてる人などいなかった。

大人になった私は、消防士になった。
自分のこの手で沢山の人を助けようと思う。

吉原で体験したこと

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2011年10月 2日 16:37
  • 人間関係

数年前、漏れが吉原で体験したこと。

入店して待合室に通されると、オバサンが数人の客と話をしていた。
スポーツ新聞を読みつつ聞き耳をたてていると、

「全盲の息子が筆下ろしをしたい。」

と言うので付き添いで来たらしい。
オバサン(以下母)は色々心配事を口にしていたが、話し相手の客数人は

「大丈夫。心配しなくていいよ。」

となだめていた。
暫くたって奥から、白杖持った青年と姫が待合室にやってきた。
革靴はピカピカで、結構いい服をきている。
この日のために揃えてあげたのだろう。

母はソファから飛び出して姫と軽く会釈したあと、

「どうだった?いいこと出来た?」
「うん。よかったよ。このお姉さんのおかげで。」

実は姫を指差すつもりが別の方向だったので、姫が素早く指した方向に移動。
母は顔をくしゃくしゃにして泣きながら

「あんたよかったね~!!」

と背中を何度もさすっていた。
客も拍手したり

「よかったなあ。」

と激励していて、今まで無口だった893風の客まで立ち上がって、青年の肩をポンポン叩きながら

「あんたも一人前の男になったぞ。」

と祝福していた。
姫も感動して泣いていた。
実に素晴らしい光景。

涙腺の弱い漏れは新聞で顔を隠しながら泣いた。

女の子がおしっこを漏らした

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2011年10月 2日 16:30
  • 人間関係

573 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(広島県)[] 投稿日:2008/09/12(金) 11:05:14.67 ID:2I8TzFhY0

中学校1年のときのこと。
授業中に隣の席の女の子がおしっこ漏らしていました。
女の子の席は一番後ろのはじだったので他には誰も気がついてない様子。

僕はおもむろに席を立って無言で廊下へ。
先生が後から追いかけてきたけど、無視して手洗い場でバケツに水を汲むと教室に戻り、その女の子にぶっかけました。
教室中大騒ぎになり、学校に両方の親まで呼ばれました。

うちの親は相手の親に平謝り。
なぜそんなことをしたのか問い詰められましたが、僕は結局最後まで口を割りませんでした。
家に帰る途中で女の子が事実を親に話したらしく、お礼を言いにうちまで来ていました。

時は過ぎて、今その女の子は、僕の奥さんです。

チーズケーキ

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2011年8月26日 00:24
  • 人間関係

私が財布から紙幣を出していると、表のガラスドアが開いて、五、六歳くらいの女の子が入ってきた。
顔を赤くし、必死の面持ちで、

「あのう、すいません・・・。」

と言った。
私の相手をしていた女性がはい、と言って女の子の方に向き直ると、彼女は、

「あのう、チーズケーキはひとつ何円でしょうか?」

と丁寧な口調で尋ねた。
店員は女の子の必死の気配がおかしかったのか、

「四百三十円です。」

と笑いながら応えた。
女の子は漫画のついた自分のガマ口を開け、

「二百円、三百円・・・」

と声を出してお金を勘定していたが、

「ああ、ないー。」

と悲しそうな声を出した。
そして、

「どうもありがとうございましたー。」

と泣きそうな顔で言うと、ガマ口も閉めず一礼してガラスドアの方へ向かって駆け出した。
すると彼女にとっては厄日だったか、ドアの前で人と衝突し、ガマ口からお金をばら撒いてしまった。

子供にぶつかるとはなんという不注意な人間だろうと思って衝突相手を見ると、私の友人だった。
御手洗もさすがに悪いと思ったらしく、急いで屈み込むと、

「ああ、ごめんね。」

と言いながら、女の子と一緒にお金を拾い集め出した。

「二百円、三百円、四百円・・・あれえ、ほら、四百八十円あるじゃないか、チーズケーキが買えるよ。」

と私の友人は、拾ったコインを女の子の小さな手に渡しながら言った。

「あれえ、本当だー。」

と女の子は言った。

「駄目だよ、きちんと数えないと。」

と、御手洗は笑いながら言った。
女の子は嬉しそうにコインを握りしめ、私の横に戻ってきた。

どうやら女の子はチーズケーキを買うことができるようだった。

雨の日の出来事

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2011年8月 6日 23:07
  • 人間関係

147: 02/15 01:16
買い物に行った店で傘立て見て今にも泣きそうになってる小学生の女の子がいた。
自分のビニール傘出すついでに

「どうしたの?」

と聞いたら

「傘持って来たのに・・・盗られたみたいです。」

とか細い声で答える。
外を見たら土砂降りだし、手には買い物袋提げてるし、あんまり気の毒になって

「ツレと車で来てるから、ここ(入り口)まできてもらえば私は傘使わなくていい。小さくて汚いけど使って。返さなくて良いから。」

という感じの事を言って差し出したら、顔いっぱいに驚きを浮かべて

「いいです、貰えないです・・・。」

と首を振る。

(最近物騒だし女でも警戒しちゃうんだろうなあ。)

と思ったらその子がすごく真面目な顔で

「だって貰っちゃったらお姉さんにお礼ができないから。」

と言う。

(何て律儀な子なんだ・・・。)

と思いつつ

「本当に安物だから良いよ、使って欲しいから。」

と渡すと

「私は**小学校5年*組の***子です。絶対絶対返します。ありがとうございます!」

って何か本当に涙が出そうになった。

重ね重ね言うが安物であげてもよかったけど、そうするとかえって女の子が気にしそうだから後日待ち合わせして返してもらった。
わざわざお母さんも一緒に来て丁寧にお礼を言ってくれ二人で作ったお菓子をくれた。

DQNスパイラルはよく聞くけど逆もあるんだね。
心が温かくなったよ。

遠足のおやつ

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2011年7月 7日 10:44
  • 人間関係

201: 02/19 21:35
小学校の頃、家はどうしようも無く貧乏だった。
父親を交通事故で無くし母一人子一人の母子家庭だった。

小学校の時、俺は遠足におやつを持っていく事が出来なかった。
前日のホームルームで

「バナナはおやつに入りますか?」

と戯けるクラスメートを横目に絶対いかないと心に決めていた。

放課後帰ろうとする俺を理科室に来るよう担任の先生に言われた。
理科室へ行くと先生は目に涙を浮かべながら300円を握らせてくれた。
そして続けてこういわれた。

「いいか、お前は他の子よりも先に人生の不条理や苦痛を感じられ幸せだと思え。親の代では負けたかもしれない、でも其れはお前の責任じゃない。この悔しさをバネに伸し上がってお前の代では勝て。もしお前の子供が悲しい思いをする事があったら其れはお前の責任だ。金をやるのは一回だけだ。大切に使え。」

俺はその時買ったビックリマンのチョコの味を忘れない、そしてそのシールは今でも大切に保管している。

忘れられない結婚記念日

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2011年7月 5日 09:03
  • 人間関係

331: 01/19 02:21
入社4年目で初めての結婚記念日の日。
社内でトラブルが発生した。
下手したら全員会社に泊まりになるかも知れないという修羅場なのに、結婚記念日なので帰らしてくださいとは絶対に言えなかった。

5時を回った頃、T課長が俺を呼びつけ、封筒を渡して、

「これをK物産に届けろ。」

と言う。
K物産は、隣の県にある得意先で、今から車で出ても8時までに着けるかどうかすら分からない。

「届けたら直帰していいから。」

と言うが、直帰も何も、K物産に届けて家まで帰ったら、きっと11時は過ぎるだろう。

文句を言いたかったが、

「わかりました。」

と言って封筒を預かった。
中身を見ようとすると

「中身は車の中で見ろ。さっさと行け!」

とつれないT課長。
不満たらたらの声で

「行ってきます。」

というと、課内の同情の目に送られて駐車場へ向かった。
車に乗り込み、封筒を開けると、一枚の紙切れが。

「結婚記念日おめでとう。今日はこのまま帰りなさい。」

と書かれていた。
会社に入って初めて泣いた。

その翌年、T課長は実家の家業を継ぐために退社した。
送別会の席でお礼を言ったら

「そんなことあったか?」

と空とぼけていた。
T課長、お元気でおられるだろうか。

おやじ

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2011年6月22日 01:14
  • 人間関係

大学生の時、貧乏で貧乏で、友人たちも貧乏だった。
ある日、具の無いお好み焼きにも飽き、腹に力も入らず

「具のあるお好み焼きを食べたい!」

と、ついに畑泥棒決行。

車に乗り、近所の畑へ・・・。
キャベツ を盗む事にする。

ところが、キャベツの根(茎?)って太くて、腹に力も入らず、畑仕事経験なんか全く無い俺たちにはなかなかぬけなかった。
そこで、車の牽引フックにロープを結んで引き抜くことにする。

作戦成功。
見事にキャベツは宙をまった。

が、勢いあまって車は友人を乗せたまま反対側の畑に転落。
自力で脱出が不可能に。
警察をよぶ。
動転してたんだろうな。

警察と畑のおやじ到着。
警察官が持ち上げた 牽引ロープ の先に キャベツが・・・。
唖然とする警官とおやじ。

事情を説明し、畑も弁償したいと平謝り。

しかし、おやじは怒るどころか我々を家に招待して晩御飯をご馳走してくれたうえ、車に満載の野菜、芋、果物をただでくれた。
あまりの優しさに、帰りは友人ボコボコになった車で泣きながら帰った。

おやじの続きを読む

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