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全般に関する泣ける話・感動する話

こんなにうれしいことがたくさん、一日に起きるなんてもったいない!

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2014年3月 3日 17:06
  • 全般

5年くらい前に俺の弟は、嫁さんと当時一年生だった姪っ子を残して死んだ。
それで義姉は姪っ子を連れて実家に帰ってたんだけど、こないだ親子揃って家に来たから、両親も俺も、もう大歓迎だった。
義姉は、ピアノを教えたりコンビニで働いたりでなんとか食っていて、姪っ子も明るかったもんだから、そのとき俺は気付かなかった。

俺は休みの日、姪っ子に

「おじさんとデートしようよ。」

と誘った。

「欲しい物はなんでも買ってやる。でも車とかいうのはなしだぜ?」
「行きたい所に連れてってやる。でもハワイとかいうのはなしだぜ?」

俺がふざけて言うと姪っ子はケラケラと笑った。

その日は早起きして、渋谷まで「スパイダーマン」を観に行って、それが終わったらお昼に鯨料理を食べさせて、その足で原宿へ行った。
正直俺も原宿なんてよく知らないんだけど、姪っ子に言った。

「なんでも買ってやるからな、欲しい服選びな。」

真剣な目で吟味する姪っ子の横顔は俺のバカな弟に似てた。
そして、いくつかの気に入った服をけなげに迷ってるありさまがいじらしくて、びっくりさせたくて俺はその服を全部レジに持って行った。
はっきり言って韓国あたりに旅行に行けそうな合計額になったけど、俺は涼しい顔でカードで払った。
もちろん冬のボーナス一括払いだ。
両手一杯の紙袋を持って

「うれしい、うれしい。」

と何度も繰り返す姪っ子に俺は照れくさくって

「大事にしろよぉ??!!」

などと子供相手に悪態ついた。
だが次の瞬間姪っ子の言った一言で、俺は照れくささなんか吹っ飛んで、往来で涙が出てきてしまった。

「こんなにうれしいことがたくさん、一日に起きるなんてもったいない!」

もったいない、か・・・姪っ子があまりに明るかったから気付かなかった。

きっと色々あるんだろう。
母親が忙しくて、寂しくて、やるせなくて、六年生の心の中にしまい込んで我慢していることが。
本当は教育上よくないんだろうけど、たまにしか会えないからな、おじさんは、お前の父さんと同じでバカだからな、こんな愛情表現しかできない。

「疲れてないか??そうか、よし!これからディズニーランド行くぞ!!!」

おにいさん、こんにちは

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2014年1月15日 18:01
  • 全般

「○○おにいさん、こんにちは。
僕のお母さんが、今度○○おにいさんのお父さんと結婚するので、僕と○○おにいさんは兄弟になることになりました。
僕はお父さんができることと同じくらい、自分におにいさんができるのがとても嬉しいです。」

俺のおふくろは、俺が18のときに親父が迎えた後妻だが、メス犬だった前のおふくろではなく、本当のお袋だと思ってる。
結婚が決まってから、初めて俺はおふくろと新しい弟に会った。
半ズボンにブレザー、緊張した9歳の坊主から俺はこの手紙をもらった。

俺も一人っ子で、本当は嬉しかったのに照れくさかったから、かなり無愛想にその手紙を受け取った。
だけど新しい弟に会ったのはそれが最初で最後になった。
弟はそれからすぐ事故で死んだ。

俺は何でもしてやるつもりだった。
中学に入って生意気になってきたらエロ本をくれてやるつもりだった。
学校でいじめられたら、仲間連れてお礼参りしてやるつもりだった。
タバコをおぼえ始めたらぶん殴って兄貴風吹かして叱り付けるつもりだった。
単車だって、俺のお古をくれてやって兄弟で走りに行くつもりだった。
「おにいちゃん」から「兄貴」に変わる年頃になったら、そして彼女ができたら、からかってやるつもりだった。
弟の部屋にのこのこ現れて、バカやって二人の邪魔をする。

「ふざけんなよ兄貴ぃ!」

なんて言われたらとっくみ合いの喧嘩をして、おふくろが止めに入って、二人してどやされる、そんな光景を夢に見てた。

葬式では、おふくろよりも俺の方が激しく泣いた。
友達が心配するくらいに狼狽して、一人で立っていられないくらいに。
タイムマシンがあったら、ほんの一週間前の自分にあって胸ぐら掴んでやりたいくらいに後悔した。
もっと優しくしてやればよかった。どんな想いで手紙を書いて、どんなに緊張して俺に手紙を渡したんだろうに。

俺は弟の代わりにおふくろを大事にしている。
この人こそが俺のおふくろだと思ってる。

「俺のおふくろを粗末にすんじゃねえぞ兄貴!」
「わかってらぁ!るっせえよヴォケ!!」

弟とのそんなやりとりを、今でも空想しながらおふくろに接してる。
生きていたら、俺の弟は今年の春、大学に入学していたはずだ。
たった一回しか会わなかったが俺には弟がいた。

これは16才の時の話です

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2013年7月 2日 11:39
  • 全般

これは16才の時の話です。
あのころはまだ何にも分からず、ただ毎日を適当に過ごしていました。

そんな俺にも好きな人ができました。
毎日メールや電話をしました。
毎日が楽しく本当にこんな日が続けばいいとずっと思っていました。
ある日、その子とメールをしていて聞きました。

『ねぇやっぱり好きな人とかいるの??』

16にもなれば好きな人がいるのくらい当然の話です。
その彼女にもやっぱり好きな人がいました。
名前は教えてくれませんでしたが、話かたから僕ではないことはわかりました。
しかし僕も好きな人がいることをいいました。
しかし名前は教えませんでした。

いつかその人に告白しようと思っていました。
しかし今の彼女にはその好きな人しか映っていないようでした。
僕はそれがとてもつらくて・・・悲しくて・・・。
相手に悟られないように明るく装っていました。
そして彼女に言ってみました。

『前言ってた好きな人、好きな人いるみたいなんだよね・・・どうしたらいいかな??』

彼女は

『やっぱりどんに好きでもどんなに思っていても、その思いはその人に届かないと思うよ。だから好きな人変えたら??』

僕はあきらめられなかったので告白しました。

『しってたよ・・・だから言ったぢゃん。。○○を傷つけたくなかったから・・・遠まわしにいったの・・・ごめんね。』

なんでその気持ちに気づいてあげれなかったんだろう。
それが最初で最後の優しさでした。

そして次日彼女は交通事故で死にました・・・。
最初は信じられませんでした。
そんな告白した次の日に死ぬなんて、そんなドラマ見たいなことあるわけない!と自分いいきかせていました。
しかし彼女は本当に死んでいました・・・というより眠っているだけの様でした。
泣きました。
涙が枯れるくらい・・・。

1年経ち、なんとか立ち直り、生活できる様になり、彼女もできました。
今度は絶対にあんな悲しい・・・。
そして今はとても幸せです。
絶対、悲しくて泣くことのないよう毎日精一杯いきています。

作文とかは苦手なんで文が変ですいません。
でも最後まで読んでくれてありがうごいます。

いま思えば家族全員少し頭おかしかった

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2013年5月15日 11:12
  • 全般

1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 02:09:54.72 ID:ef+l5xGR0
自殺した姉ちゃんの葬式が一昨日終わったんですよ。
だから家超広く感じる。

3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 02:10:33.53 ID:V8QUfisd0
はい続けて。

7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 02:12:10.43 ID:vO4xUVqS0
次はおまえだな。

9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 02:13:35.14 ID:ef+l5xGR0
>> 7
最後の一人ですしね。

12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 02:17:21.51 ID:6ragB6Nw0
はよ。

14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 02:18:28.65 ID:ef+l5xGR0
どうでもいいのは分かってるんだけどいろいろ切り替えたいから語らせてくださいよ。

15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 02:18:48.71 ID:snrhnTvd0
かまわんよ。

16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 02:19:36.43 ID:vKTVtEgN0
呪われてるんじゃないですか。

17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 02:21:11.13 ID:ef+l5xGR0
家族は父母姉俺妹の五人だった。
妹は家族皆から溺愛されて育ったんだ。
友達もいっぱいいて、なにも不自由はしてなかったはず。

20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 02:23:58.91 ID:ef+l5xGR0
妹は順調に中学に入学したんだ。
中学2年生の冬に妹が自殺した。
俺は全く気付けなかったんだけど、遺書見る限りいじめられてたんだそうだ。
それが学校にも伝わって、地方の新聞にちいさーく記事にもなってたよ。
妹の葬式は家族みんな大号泣だった。

25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 02:27:17.92 ID:ef+l5xGR0
葬式終わってすぐに引っ越した。
母さんがふさぎ込んじゃってどうしようもないから、俺と父さんと姉さんでしっかり支えていこうなって話になってたよ。
結局一年もせずに父さんがリタイア。
母さんとのケンカが絶えなかった。

33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 02:32:44.48 ID:ef+l5xGR0
二人がいままで見たことないくらいの大喧嘩した日があった。
その次の日の朝、リビングに血だまりと一緒に母さんが転がってた。
遺書には父さんに対する謝罪が一杯書いてあった。

35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 02:36:43.34 ID:6ragB6Nw0
>> 33
二人って母さんと父さん?
父さんってもう死んだんじゃなかったの?

40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 02:41:17.65 ID:ef+l5xGR0
>> 35
リタイアってのは支えていこうなって約束した3人の中からってことです、すみません。

38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 02:39:36.20 ID:l+lB63HrO
死に過ぎだろ。

39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 02:39:54.82 ID:ef+l5xGR0
まあ実りはないけど続ける。
後の処理が終わる頃には姉は立派なメンヘラデビューしてた。
俺の目の前でリスカしてみたり。

「お前が止めてくれないとほんとに死ぬから、だからお前はどこにもいかないでくれ。」

みたいな事をひたすら言われてたな。
母さんが死んで1週間と少し過ぎたくらいか、父さんがおかしくなった。

42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 02:47:22.90 ID:ef+l5xGR0
リビングで妹の写真みて

「この子は誰だ?」

とか聞いてくるのよ。
母さん死んだ矢先にひどい冗談だと思ってさ、

「死んじゃった妹だろ。」

って怒りながら言った。

「妹なんていない、母さんは旅行に行ってて今はいないけど帰ってきたら聞いてみるといい。」
「親に向かってなんだその口の聞き方は!」

とか言いながら真面目な顔で言っちゃうのね。
俺びっくりしたよ。

43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 02:49:50.72 ID:7dyBMmIg0
取り憑かれてる。

44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 02:50:31.42 ID:aIlTh1LD0
>> 1よ、お前は大丈夫か?
なんか文章がよ。
これから死ぬ人みたいな感じなんだが・・・。

46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 02:52:36.61 ID:ef+l5xGR0
「」つけたり消したりしててごめんね。

もとに戻って欲しかったけど、説得しても全部無駄だった。
そんな中で姉ちゃんに

「諦めなよ。」

って言われて、一気に折れた。
それからは父さんの前では妹と母さんの話題はタブーになったよ。

51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 02:55:45.52 ID:l+lB63HrO
ちょっと茶化す気になれんな、これは。

52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 02:57:00.20 ID:R48AfTrB0
>> 1と家族が何かに祟られてるような気がしてならない。

54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 02:58:59.46 ID:ef+l5xGR0
2年経って唐突に

「母さんを迎えにいく。」

って言い出したんだ。
んで、夜中に家を出ていった。
朝になっても帰ってきた様子がなくて、そのときはほっといた。
夕方、車庫を開けたら父さんがぶら下がってた。

55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 02:59:37.71 ID:wypv0FEJ0
気が触れてるな。

56 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:01:26.41 ID:hDFbKn840
うーむこれは・・・。
ほんとおまえらの不幸度なんかかわいいもんだな。
寝るけど>>1応援してるぜ。

58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:03:49.66 ID:ef+l5xGR0
正直もう

「またかよ。」

としか思えなかった。
姉ちゃんに伝えたら

「長生きしたね。」

って言ってた。
三回目の葬式。
来てくれる親戚はもうほとんどいなかった。
でも叔父さんだけは世話を焼いてくれたんだ。

57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:02:00.92 ID:l+lB63HrO
それでも二年もったのか
その間父親何してたんだ?
仕事は?

65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:08:54.82 ID:ef+l5xGR0
>> 57
普通だったよ?
不気味なほど
姉は絶賛ヒキニートだったからさ、俺がバイトしてるときは一人なんだよね。
その間に死なれちゃ困るわけだ。
事情伝えたら、

「どうせ独り身で、家に帰っても誰もいないから僕がみとくよ。」

って言ってくれたわけ。
そんで鍵渡したわけよ。

69 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:14:08.20 ID:l+lB63HrO
>> 65
独り身のおっさんに若い身空の姉ちゃん。
預けるべきじゃなかったな。

67 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:10:39.92 ID:MoST7u3X0
予想、叔父のせいだな。

60 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:04:46.06 ID:YnrO54HNO
叔父さんが姉目当てか。
そうなんだろ?

73 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:18:17.53 ID:ef+l5xGR0
>> 60
そうだったみたいっすね。
それから姉ちゃんが俺にべったりになってきてた。
でも、金は大事だからってほとんど構ってられなかった。
叔父さんのいるときには安全みたいだったから叔父さんの事はかなり信頼してた。
俺がバイトで、でも叔父さんがこれない日があった。
その日、バイトから帰ったら姉も死んでたよ。
お風呂の桶が血の海。
父さんは残してなかったけど、読むのも三回目の遺書。
読んだ限り、叔父さんに色々されてたみたいだ。

75 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:18:51.71 ID:g9qzbVM70
>> 73
やっぱり叔父か。

80 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:25:40.67 ID:r9u4dowl0
お前は死ぬなよ。

82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:27:25.78 ID:ef+l5xGR0
で新年早々簡単な葬式してもらった。
母さんが持ってきてた妹の服とか写真とか、他にも家族思い出す物全部庭で燃やした。
あやうく火事になりそうだったけど。
家は流石に燃やせないけど、引き払えたらそれがベストか。

「もうこれ以上お前に変な負担がかかるのは嫌だ。だから警察には話さないで欲しい。」

って書いてあった気がするから、叔父さんに制裁のための暴力ふるってきて今日に至る。
てな訳で、今日から新しい人生でも歩んでみるわ。
長々とありがとう。

84 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:28:55.19 ID:3gI00hV90
強く生きろよ。
死ぬなよ。

86 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:29:06.66 ID:rZahH/He0
1よいくつだ?

87 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:29:47.51 ID:3JfV/DF00
叔父を制裁してきたっていうけど叔父は姉にいろいろしてたことを認めたのかい?

95 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:32:38.87 ID:ef+l5xGR0
>> 86
20歳です。
妹死んでからここまで全部で5年程度な。

>>87
認めたよ。
全力で謝られて惨めだったから色々やって終わった。

101 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:36:09.09 ID:rZahH/He0
二十歳か、つらいな。

102 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:36:12.75 ID:DGLnAZLv0
>> 1 これから頑張れよ。絶対に生きろ

97 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:33:44.29 ID:MloxbNPP0
いろいろってなんだよ。
お前だけは生きろよ。

100 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:35:02.90 ID:ef+l5xGR0
>> 97
殴る蹴るの暴行をすこしだけ過剰に行っただけだよ。

99 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:34:41.86 ID:gdkT7FHi0
>> 1
仕事は何してんだ?

105 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:37:00.39 ID:ef+l5xGR0
>> 99
フリーターです。
コンビニのバイトが一番楽でいいわ。

83 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:28:24.82 ID:jDaeKfy/0
>> 82
全部読んだ。
叔父からは金とれないかな。

88 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:29:47.96 ID:n3nqhDBCO
>> 83
ねぇバカなの?

91 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:30:14.24 ID:jDaeKfy/0
>> 88
バカだけど何で?

96 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:33:37.00 ID:n3nqhDBCO
>> 91
思い出全部燃やして新しい人生歩むっていってる人間に「叔父からは金とれないかな」は無いと思うんだけど。

111 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:38:20.66 ID:jDaeKfy/0
>> 96
金はあった方がいいと思うよ。

112 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:38:55.86 ID:ef+l5xGR0
お金があっても姉ちゃん帰ってこねえもん。

113 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:39:15.15 ID:05HLqKF60
>> 111
もうそっとしてやれよ。

117 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:40:54.43 ID:jDaeKfy/0
ごめん。
生きろよ>>1

119 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:41:56.36 ID:05HLqKF60
>> 1だけは自殺とかしないで家族の分幸せに生きろよ。

120 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:43:37.41 ID:ef+l5xGR0
今はなんとなく妹に会いたいな。

>>119
病気にでもならない限りは寿命まで死ぬつもりは無いよ。

122 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:44:03.89 ID:xYR4Bg480
姉ちゃん死なすなよ。
>>1を頼ってたのに可哀想。

124 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:45:54.82 ID:ef+l5xGR0
>> 122
俺しか居なかったのにな。
俺と居るときだけは幸せだって死ぬ前の日に言ってたんだ。
なのに死なせちゃってな。

131 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:49:16.90 ID:qdxg1RWMi
姉と二人で狂ったほうがある意味幸せだったかもね。
>>1は強すぎる。

132 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:51:26.69 ID:ef+l5xGR0
>> 131
姉ちゃん死んでも泣けなかったし、俺もだいぶ頭おかしいと思うけどなあ。

133 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:52:30.48 ID:7Ng5f4yy0
>> 1には友達はいる?

136 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:53:40.32 ID:ef+l5xGR0
>> 133
父さんが死んだ辺りから居ません。
気味悪がられてやんの

138 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:54:01.72 ID:oV0+d7gp0
よくよく考えたら>>131の言う通り>>1メンタル強すぎじゃね。
自分以外の家族全員亡くなったのに寿命まで生きるとかやだ、かっこいい。

139 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:54:04.33 ID:xYR4Bg480
家族全員失ったというのに、>>1からは悲愁が感じられない。
むしろ狂った家族がいなくなって肩の重荷が減ったって感じ。

143 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:56:38.01 ID:05HLqKF60
>> 139
いろいろありすぎて悟ってるんだよ。
それにしても強いよ1は。

144 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 03:56:49.10 ID:ef+l5xGR0
>> 139
俺の頭がおかしいだけだ。
家族が重荷になるわけないだろ。

148 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 04:00:18.34 ID:497tGvpr0
>> 144
いくら家族だって、病んでたら重荷になることもある。

149 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 04:02:08.70 ID:ef+l5xGR0
>> 148
それでも俺は妹も父さんも母さんも姉ちゃんも好きだったよ。

156 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 04:11:12.42 ID:ef+l5xGR0
久しぶりに泣けた。
父さんの時は時間あけても泣けなかったのになあ。
お前らほんとにいじめはよくないですよ。

159 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 04:16:55.97 ID:DZoMItRJ0
辛すぎるリアルだな
>>1と同じ20歳だが、俺がもしそんな経験でもしたしたら、間違いなく潰れるわ。
かなりキツそうだな。

160 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 04:16:56.60 ID:LjA5BYde0
>> 1はもう一生分の悲しいこと経験しちゃったな。

161 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 04:17:09.49 ID:ef+l5xGR0
さて、いい感じに眠いから寝るわ。
これからはバイトしてるとこから正社員のお誘い来てるからそこでお世話になる予定です。
とりあえず頼れるところが欲しいけど友達のいない俺にはここしかなかったんだな。
本当にありがとうございました。
明日からはきっとクソスレ立てたりして元気に暮らしてるよ。
釣りじゃなくてすまん。

165 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 04:19:44.95 ID:DZoMItRJ0
>> 161
そうか、良かった。
本当良かった。

166 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 04:20:23.08 ID:RqWhqG3h0
>> 161
乙。
>>1のクソスレ期待してるからなwww

172 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 04:24:36.15 ID:KYl36C360
凄いこと思いついたwww
俺達が>>1の家族になってやればいいんじゃねwww
ちょwww

174 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/08(日) 04:28:57.64 ID:DZoMItRJ0
>> 172
お前バカか、もうなってるだろ。

少女の涙

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2013年4月15日 15:46
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83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/01/30(土) 01:17:36.78 ID:U39jR6pI0

2年前、旅行先での駐屯地祭で例によって変な団体が来て私はやーな気分。
その集団に向かって一人の女子高生とおぼしき少女が向かっていく。

少女「あんたら地元の人間か?」
団体「私達は全国から集まった市民団体で・・・云々。」
少女「で、何しにきたんや?」
団体「憲法違反である自衛隊賛美につながる・・・云々。」
少女「私は神戸の人間や。はるばる電車のって何しにここまで来たかわかるか?」
団体「・・・・?」
少女「地震で埋もれた家族を助けてくれたのはここの部隊の人や。寒い中ご飯作ってくれて、風呂も沸かしてくれて夜は夜で槍持ってパトロールしてくれたのもここの部隊の人や。私は、その人たちにお礼を言いに来たんや。あんたらにわかるか?消防車が来ても通り過ぎるだけの絶望感が。でもここの人らは歩いて来てくれはったんや・・・。」

最初、怒鳴り散らすように話し始めた少女は次第に涙声に変わっていった。
あまりにも印象的だったのではっきり覚えている。
団体は撤退。

彼女が門をくぐった時に守衛さんが彼女に社交辞令の軽い敬礼ではなく、直立不動のまま敬礼していた。

最強最高の兄ちゃん

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2013年3月24日 18:53
  • 全般

両親は俺が中2の時、交通事故で死んだ。

俺には4つ上の兄と5つ下の妹がいる。
両親の死後、俺は母方の親戚に、妹は父方にひきとられて、兄は母方の祖父母と住んでいた。

それから一年くらいたって、久しぶりに兄から電話があった。
そん時、高校を卒業して就職が見つかったから、兄弟3人で暮らさないかという旨を言われた。
俺はびっくりした。
兄は俺とは違い昔から頭が良くて、当然1流の大学に行くんだろうと思ってたからだ。
俺は兄に

「大学はいいのか?」

と聞いたが、兄は

「全滅やったから(笑)そこは触れんといて。」

なんて事を言ってた。
俺は中3だし、妹はまだ小3だったため当然、親戚中は反対してたが、俺も妹も、ホントはまた兄弟一緒に暮らしたいと思ってたから頼み込んで許してもらい、晴れて兄弟3人一緒に住むことができるようになった。

それからというもの、兄は俺らの為に働きまくった。
俺らが貧乏なんて感じることないようにと、ずっと皆一緒に暮らすんだと、昼と夜も別々の仕事して稼ぎまくって俺らに小遣いまでくれてた。
そんな兄が先月、交通事故で逝ってしまった・・・

葬式で俺も妹も泣きじゃくった。。
葬式も一通り片付き皆が帰った後、別室にいた俺と妹のところに、叔母が夕飯をもってきてくれて、その際、俺らは兄について衝撃の事実をしることになった。

両親の死後、兄が親戚中に土下座し、俺と妹の事よろしく頼むと言ってまわってたこと。
兄がバイト代を毎月送り、俺と妹の小遣いにしてやってくれと頼んでたこと。
京大を蹴って、俺らと一緒に住むために就職したこと。

それ聞いた途端、もう分からんくらい泣いた。
立てんかった・・・色んな兄ちゃんとの思い出が駆け巡った。
小さい頃、俺の手をつないで、いっつも遊んでくれた・・・。
強くておもろくてやさしかった・・・。
自分の小遣いからお菓子買ってくれてた・・・。
俺が

「高校行かん。」

って言ったらぶち切れて殴ってでも行かせるって言った・・・。
いつもボロボロで疲れてても、俺らに八つ当たりなんてしなかった・・・。
自分の夢を捨てて、俺らのために必死やった・・・。
おとん、おかんが死んだ時、泣きじゃくる俺と妹を抱いて、がんばれって言って俺らの前では涙ひとつ見せんかった・・・。
俺ホントは兄ちゃんが夜中、泣き声をおしころして泣いてたの知ってたよ・・・。

やべえ思い出して・・・もうこれ以上書けねえわ何もできんかったわ・・・ホントなんも・・・。

最後に言わせて。

最強最高の兄ちゃん!!!
あんたに負けんこと俺がんばるけん!
妹のことも心配せんでいいけんね。
ありがとう。
ありがとう!!!

最後の授業

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2013年3月20日 17:23
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廃校寸前に陥っていた熊本県の天草東高校をはじめ、6校の校長を歴任し、次々と教育現場の改革を図ってきた熊本の名校長・大畑誠也氏のお話をご紹介します。

「熊本の名校長・最後の授業」

大畑誠也(九州ルーテル学院大学客員教授)

_______

私が考える教育の究極の目的は「親に感謝、親を大切にする」です。
高校生の多くはいままで自分一人の力で生きてきたように思っている。
親が苦労して育ててくれたことを知らないんです。

これは天草東高時代から継続して行ったことですが、このことを教えるのに一番ふさわしい機会として、私は卒業式の日を選びました。

式の後、三年生と保護者を全員視聴覚室に集めて、私が最後の授業をするんです。

そのためにはまず形から整えなくちゃいかんということで、後ろに立っている保護者を生徒の席に座らせ、生徒をその横に正座させる。

そして全員に目を瞑らせてからこう話を切り出します。

「いままで、お父さん、お母さんにいろんなことをしてもらったり、心配をかけたりしただろう。それを思い出してみろ。
交通事故に遭って入院した者もいれば、親子喧嘩をしたり、こんな飯は食えんとお母さんの弁当に文句を言った者もおる・・・。」

そういう話をしているうちに涙を流す者が出てきます。

「おまえたちを高校へ行かせるために、ご両親は一所懸命働いて、その金ばたくさん使いなさったぞ。
そういうことを考えたことがあったか。
学校の先生にお世話になりましたと言う前に、まず親に感謝しろ。」

そして

「心の底から親に迷惑を掛けた、苦労を掛けたと思う者は、いま、お父さんお母さんが隣におられるから、その手ば握ってみろ。」
 
と言うわけです。

すると一人、二人と繋いでいって、最後には全員が手を繋ぐ。
私はそれを確認した上で、こう声を張り上げます。

「その手がねぇ!
十八年間おまえたちを育ててきた手だ。
分かるか。
親の手をね、これまで握ったことがあったか?
おまえたちが生まれた頃は、柔らかい手をしておられた。
いま、ゴツゴツとした手をしておられるのは、おまえたちを育てるために大変な苦労してこられたからたい。
それを忘れるな。」

その上でさらに

「十八年間振り返って、親に本当にすまんかった、心から感謝すると思う者は、いま一度強く手を握れ。」

と言うと、あちこちから嗚咽が聞こえてくる。

私は

「よし、目を開けろ。分かったや?私が教えたかったのはここたい。親に感謝、親を大切にする授業、終わり。」

と言って部屋を出ていく。
振り返ると親と子が抱き合って涙を流しているんです。

_______

『致知』2011年1月号
特集「盛衰の原理」より
http://www.chichi.co.jp/

まずい部屋に入っちゃったよな

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2013年3月15日 11:58
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俺さ、以前病院勤務してたんだ。
といっても看護婦や医者とか有資格者じゃないんだけどな。
でさ、掃除しようと思ってある病室に入ったんだよ。

よく知らずに入ったらさ、どうやら患者さんそろそろ・・・って場面だったんだよ。

(まずい部屋に入っちゃったよな。)

って思いながらも掃除をしていたんだ。

そしたらさ、旦那さん(40後半位)が寂しそうな笑顔で

「ありがとう。」

って言ってくれるんだよ。
家族としての最後の場面を邪魔したような気がして、なんか居た堪れなくなって目に見えるところだけ掃除して出てしまったんだ、もう逃げるようにな。
で、部屋から出て廊下を掃除してたら中から声が聞こえてくるのよ。

掃除途中で出てきちゃったから

「なんか文句言われて無いかな。」

って思ってたらさ旦那が子供(10歳前後)に

「ママにチューしてあげなよ。もう何年もしてないだろ?最後にもう一回な。ちゃんと、『ありがとう』『心配しないでね』『またどこかで会おうね』って声掛けろよ?泣いてばかりだとママも心配しちゃうからな。」

って言って部屋から出てきたんだよ。
でもさ、その旦那は部屋から出たとたんに、しゃがみ込んで泣き始めたんだよ。

多分子供の前では強がってたんだろうな。
自分が泣いたら子供が余計につらくなるって思ったんだろうな。

旦那が子供に言わせた言葉は、旦那自身が何度も心の中で呟いた言葉なんだろうな。
そう思っていたら全然知らない患者さんの死がとても身近に感じられて涙ぐんでしまったよ。

俺も、最愛の人が亡くなる場面に立ち会うことがあったら

『またどこか出会おうね。』

って言葉を言いたいな。

友達の女の子の結婚式に招待された時の話

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2013年3月 4日 17:05
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本人から

「笑い話にしてもいーよ。」

と言われてるので書きます。
先日、友達の女の子の結婚式に招待された時の話。

本人から聞いたのか、共通の友人から聞いたのかあやふやだけど、その子は物心つく前にお母さんが亡くなっていて、父親に育てられたみたいな話は耳にした事があった。

式後に聞いた話だけど、何かの映画か小説かであった、余命を知った母親がまだ小さい子供のためにビデオメッセージを残すみたいな事をその子の母親もやってたそうだ。
と言っても何百本もって訳じゃなく、絵本を読み聞かせるビデオや、小学校卒業ぐらいまでの毎年の誕生日メッセージぐらいだったらしい。

その中にひとつ、

「娘が結婚したら一緒に見て。」

と父親が渡されていたビデオがあったそうだ。
思い出して辛いのか、友人の父親はあまりビデオを見たがらず、祝福してくれる皆とならって事で、結婚式でそのビデオが流れる事になった。
2人もそのビデオを見るのは初めてだったそうだ。

そんな説明を少し司会者がしてたものの、旧友との話に花が咲き、お酒も入って軽く聞き流してた所でビデオが流れ始めた。
自分と変わらないぐらいの年の綺麗な女性が映り、

「○○ちゃんおめでとー!」

ってクラッカーをパーン!と鳴らす。

「○○ちゃんは何歳で結婚したんだろう?きっとママに似た素敵な女性になってるんだろうねー。」

と、アットホームなホームビデオって感じで、ほのぼのVTRが流れる。
時折冗談を交えて、しんみりする雰囲気じゃなく、新婦も招待された人達も笑顔で見てた。

5分くらいメッセージが続き、ビデオの中の女性は言葉を探すようになり、そろそろ終わりかなと思った頃、

「後・・・。」

と少し間が空いて、

「最後に、○○君(新婦の父親)、○○ちゃんを立派にお嫁に出してくれてありがとう。」

娘に宛てたメッセージとはまた違う、凄い優しい笑顔になって、メッセージは続く。

「○○君の事を愛してます。きっと、お腹が出ちゃってる○○君を、もしかすると頭が寂しくなってるかもしれない○○君を、今でも愛してます。いつかおじいちゃんになる○○君も、ずっと愛してます。」

少し俯いた後、照れくさそうな顔をして画面に手を伸ばす女性が映り、ビデオは終わった。

ほのぼの雰囲気だったのが一変、式場は静まり返って、みんなプルプルし始める。
そんな中、堪えきれなくなったんだろう、突然新婦の父がテーブルに突っ伏し、口を手で塞いで嗚咽を漏らしだす。
新婦も涙で顔をくしゃくしゃにして駆け寄り、突っ伏した父親を抱きしめて大号泣。

つられてほとんど全員と言っていいぐらいの女性客が泣き始め、男性客も涙こらえるのに必死。
妙な雰囲気に子供が大声で泣き出し、まるで葬式のクライマックスみたいなカオスな状況にw

そんな状況をまずいと思ったのか、司会者が

「本当に素敵なメッセージでしたー。引き続きお食事をお楽しみくださーい。」

と〆にかかる。
暫くお通夜状態だったものの、徐々に平穏を取り戻し、ようやく元の結婚式らしい雰囲気に戻った所で新婦父の挨拶に。

新婦の父は明るいガテン系って感じで、あまり人前で泣くようなキャラじゃないんだろう、失態を見せてしまったと思ったのか、妙にテンション高いスピーチを始める。
最後は

「私も○○(新婦母)を愛してまーす!」

と新日の棚橋パフォーマンス(知らない人ごめんなさい)で若干会場を引かせたものの、照れ隠しに無理してテンション高く振る舞ってるのを皆分かってて、何とも言えない良い雰囲気で式は終わった。

ずっと鳴り止まない拍手と、新婦より幸せそうな新婦父が印象的だった。
色々あってちょっと疲れたけど、この結婚式は一生忘れないと思う。

一杯のかけそば

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2013年2月28日 17:05
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この物語は、今から35年ほど前の12月31日、札幌の街にあるそば屋「北海亭」での出来事から始まる。

そば屋にとって一番のかき入れ時は大晦日である。
北海亭もこの日ばかりは朝からてんてこ舞の忙しさだった。

いつもは夜の12時過ぎまで賑やかな表通りだが、夕方になるにつれ家路につく人々の足も速くなる。

10時を回ると北海亭の客足もぱったりと止まる。
頃合いを見計らって、人はいいのだが無愛想な主人に代わって、常連客から女将さんと呼ばれているその妻は、忙しかった1日をねぎらう。
大入り袋と土産のそばを持たせて、パートタイムの従業員を帰した。

最後の客が店を出たところで、そろそろ表の暖簾を下げようかと話をしていた時、入口の戸がガラガラガラと力無く開いて、2人の子どもを連れた女性が入ってきた。
6歳と10歳くらいの男の子は真新しい揃いのトレーニングウェア姿で、女性は季節はずれのチェックの半コートを着ていた。

「いらっしゃいませ!」

と迎える女将に、その女性はおずおずと言った。

「あのー・・・かけそば・・・1人前なのですが・・・よろしいでしょうか?」

後ろでは、2人の子ども達が心配顔で見上げている。

「えっ・・・えぇどうぞ。どうぞこちらへ。」

暖房に近い2番テーブルへ案内しながら、カウンターの奥に向かって、

「かけ1丁!」

と声をかける。
それを受けた主人は、チラリと3人連れに目をやりながら、

「あいよっ!かけ1丁!」

とこたえ、玉そば1個と、さらに半個を加えてゆでる。
玉そば1個で1人前の量である。
客と妻に悟られぬサービスで、大盛りの分量のそばがゆであがる。
テーブルに出された1杯のかけそばを囲んで、額を寄せあって食べている3人の話し声がカウンターの中までかすかに届く。

「おいしいね。」

と兄。

「お母さんもお食べよ。」

と1本のそばをつまんで母親の口に持っていく弟。
やがて食べ終え、150円の代金を支払い、

「ごちそうさまでした。」

と頭を下げて出ていく母子3人に、

「ありがとうございました!どうかよいお年を!」

と声を合わせる主人と女将。
新しい年を迎えた北海亭は、相変わらずの忙しい毎日の中で1年が過ぎ、再び12月31日がやってきた。

前年以上の猫の手も借りたいような1日が終わり、10時を過ぎたところで、店を閉めようとしたとき、ガラガラガラと戸が開いて、2人の男の子を連れた女性が入ってきた。

女将は女性の着ているチェックの半コートを見て、1年前の大晦日、最後の客を思いだした。

「あのー・・・かけそば・・・1人前なのですが・・・よろしいでしょうか?」
「どうぞどうぞ。こちらへ。」

女将は、昨年と同じ2番テーブルへ案内しながら、

「かけ1丁!」

と大きな声をかける。

「あいよっ!かけ1丁!」

と主人はこたえながら、消したばかりのコンロに火を入れる。

「ねえお前さん、サービスということで3人前、出して上げようよ。」

そっと耳打ちする女将に、

「だめだだめだ、そんな事したら、かえって気をつかうべ。」

と言いながら玉そば1つ半をゆで上げる夫を見て、

「お前さん、仏頂面してるけどいいとこあるねえ。」

とほほ笑む妻に対し、相変わらずだまって盛りつけをする主人である。
テーブルの上の、1杯のそばを囲んだ母子3人の会話が、カウンターの中と外の2人に聞こえる。

「おいしいね・・・。」
「今年も北海亭のおそば食べれたね。」
「来年も食べれるといいね・・・。」

食べ終えて、150円を支払い、出ていく3人の後ろ姿に

「ありがとうございました!どうかよいお年を!」

その日、何十回とくり返した言葉で送り出した。

商売繁盛のうちに迎えたその翌年の大晦日の夜、北海亭の主人と女将は、たがいに口にこそ出さないが、九時半を過ぎた頃より、そわそわと落ち着かない。
10時を回ったところで従業員を帰した主人は、壁に下げてあるメニュー札を次々と裏返した。
今年の夏に値上げして「かけそば200円」と書かれていたメニュー札が、150円に早変わりしていた。

2番テーブルの上には、すでに30分も前から「予約席」の札が女将の手で置かれていた。
10時半になって、店内の客足がとぎれるのを待っていたかのように、母と子の3人連れが入ってきた。

兄は中学生の制服、弟は去年兄が着ていた大きめのジャンパーを着ていた。
2人とも見違えるほどに成長していたが、母親は色あせたあのチェックの半コート姿のままだった。

「いらっしゃいませ!」

と笑顔で迎える女将に、母親はおずおずと言う。

「あのー・・・かけそば・・・2人前なのですが・・・よろしいでしょうか?」
「えっ・・・どうぞどうぞ。さぁこちらへ。」

と2番テーブルへ案内しながら、そこにあった「予約席」の札を何気なく隠し、カウンターに向かって

「かけ2丁!」

それを受けて

「あいよっ!かけ2丁!」

とこたえた主人は、玉そば3個を湯の中にほうり込んだ。
2杯のかけそばを互いに食べあう母子3人の明るい笑い声が聞こえ、話も弾んでいるのがわかる。
カウンターの中で思わず目と目を見交わしてほほ笑む女将と、例の仏頂面のまま

「うん、うん。」

とうなずく主人である。

「お兄ちゃん、淳ちゃん・・・今日は2人に、お母さんからお礼が言いたいの。」
「お礼って・・・どうしたの?」
「実はね、死んだお父さんが起こした事故で、8人もの人にけがをさせ迷惑をかけてしまったんだけど・・・保険などでも支払いできなかった分を、毎月5万円ずつ払い続けていたの。」
「うん、知っていたよ。」

女将と主人は身動きしないで、じっと聞いている。

「支払いは年明けの3月までになっていたけど、実は今日、ぜんぶ支払いを済ますことができたの。」
「えっ!ほんとう、お母さん!」
「ええ、ほんとうよ。お兄ちゃんは新聞配達をしてがんばってくれてるし、淳ちゃんがお買い物や夕飯のしたくを毎日してくれたおかげで、お母さん安心して働くことができたの。よくがんばったからって、会社から特別手当をいただいたの。それで支払いをぜんぶ終わらすことができたの。」
「お母さん!お兄ちゃん!よかったね!でも、これからも、夕飯のしたくはボクがするよ。」
「ボクも新聞配達、続けるよ。淳!がんばろうな!」
「ありがとう。ほんとうにありがとう。」

「今だから言えるけど、淳とボク、お母さんに内緒にしていた事があるんだ。それはね・・・11月の日曜日、淳の授業参観の案内が、学校からあったでしょう。あのとき、淳はもう1通、先生からの手紙をあずかってきてたんだ。淳の書いた作文が北海道の代表に選ばれて、全国コンクールに出品されることになったので、参観日に、その作文を淳に読んでもらうって。先生からの手紙をお母さんに見せれば・・・むりして会社を休むのわかるから、淳、それを隠したんだ。そのこと淳の友だちから聞いたものだから・・・ボクが参観日に行ったんだ。」
「そう・・・そうだったの・・・それで?」

「先生が、

(あなたは将来どんな人になりたいですか、という題で、全員に作文を書いてもらいましたところ、淳くんは、『一杯のかけそば』という題で書いてくれました。これからその作文を読んでもらいます。)

って。

(『一杯のかけそば』って聞いただけで北海亭でのことだとわかったから・・・淳のヤツなんでそんな恥ずかしいことを書くんだ!)

と心の中で思ったんだ。
作文はね・・・お父さんが、交通事故で死んでしまい、たくさんの借金が残ったこと、お母さんが、朝早くから夜遅くまで働いていること、ボクが朝刊夕刊の配達に行っていることなど・・・ぜんぶ読みあげたんだ。

そして12月31日の夜、3人で食べた1杯のかけそばが、とてもおしかったこと。
3人でたった1杯しか頼まないのに、おそば屋のおじさんとおばさんは、

(ありがとうございました!どうかよいお年を!)

って大きな声をかけてくれたこと。
その声は・・・負けるなよ!頑張れよ!生きるんだよ! 
って言ってるような気がしたって。

それで淳は、

(大人になったら、お客さんに、頑張ってね!幸せにね!って思いを込めて、ありがとうございました!と言える日本一の、おそば屋さんになります。)

って大きな声で読みあげたんだよ。」

カウンターの中で、聞き耳を立てていたはずの主人と女将の姿が見えない。
カウンターの奥にしゃがみ込んだ2人は、1本のタオルの端を互いに引っ張り合うようにつかんで、こらえきれず溢れ出る涙を拭っていた。

「作文を読み終わったとき、先生が、淳くんのお兄さんがお母さんにかわって来てくださってますので、ここで挨拶をしていただきましょうって・・・。」
「まぁ、それで、お兄ちゃんどうしたの?」
「突然言われたので、初めは言葉が出なかったけど・・・

(皆さん、いつも淳と仲よくしてくれてありがとう。弟は、毎日夕飯のしたくをしています。それでクラブ活動の途中で帰るので、迷惑をかけていると思います。今、弟が『一杯のかけそば』と読み始めたとき・・・ぼくは恥ずかしいと思いました。でも、胸を張って大きな声で読みあげている弟を見ているうちに、1杯のかけそばを恥ずかしいと思う、その心のほうが恥ずかしいことだと思いました。あの時・・・1杯のかけそばを頼んでくれた母の勇気を、忘れてはいけないと思います。兄弟、力を合わせ、母を守っていきます。これからも淳と仲よくして下さい。)

って言ったんだ。」

しんみりと、互いに手を握ったり、笑い転げるようにして肩を叩きあったり、昨年までとは、打って変わった
楽しげな年越しそばを食べ終え、300円を支払い

「ごちそうさまでした。」

と、深々と頭を下げて出て行く3人を、主人と女将は1年を締めくくる大きな声で、

「ありがとうございました!どうかよいお年を!」

と送り出した。

また1年が過ぎて。

北海亭では、夜の9時過ぎから「予約席」の札を2番テーブルの上に置いて待ちに待ったが、あの母子3人は現れなかった。

次の年も、さらに次の年も、2番テーブルを空けて待ったが、3人は現れなかった。

北海亭は商売繁盛のなかで、店内改装をすることになり、テーブルや椅子も新しくしたが、あの2番テーブルだけはそのまま残した。
真新しいテーブルが並ぶなかで、1脚だけ古いテーブルが中央に置かれている。

「どうしてこれがここに?」

と不思議がる客に、主人と女将は『一杯のかけそば』のことを話し、

「このテーブルを見ては自分たちの励みにしている、いつの日か、あの3人のお客さんが来てくださるかも知れない。その時、このテーブルで迎えたい。」

と説明していた。
その話が「幸せのテーブル」として、客から客へと伝わった。

わざわざ遠くから訪ねてきて、そばを食べていく女学生がいたり、そのテーブルが、空くのを待って注文をする若いカップルがいたりで、なかなかの人気を呼んでいた。

それから更に、数年の歳月が流れた12月31日の夜のことである。

北海亭には同じ町内の商店会のメンバーで家族同然のつきあいをしている仲間達がそれぞれの店じまいを終え集まってきていた。

北海亭で年越しそばを食べた後、除夜の鐘の音を聞きながら仲間とその家族がそろって近くの神社へ初詣に行くのが5~6年前からの恒例となっていた。

この夜も9時半過ぎに、魚屋の夫婦が刺身を盛り合わせた大皿を両手に持って入って来たのが合図だったかのように、いつもの仲間30人余りが酒や肴を手に次々と北海亭に集まってきた。

「幸せの2番テーブル」の物語の由来を知っている仲間達のこと、互いに口にこそ出さないが、おそらく今年も空いたまま新年を迎えるであろう「大晦日10時過ぎの予約席」をそっとしたまま、窮屈な小上がりの席を全員が少しずつ身体をずらせて遅れてきた仲間を招き入れていた。

海水浴のエピソード、孫が生まれた話、大売り出しの話。

賑やかさが頂点に達した10時過ぎ、入口の戸がガラガラガラと開いた。

幾人かの視線が入口に向けられ、全員が押し黙る。

北海亭の主人と女将以外は誰も会ったことのない、あの「幸せの2番テーブル」の物語に出てくる薄手のチェックの半コートを着た若い母親と幼い二人の男の子を誰しもが想像するが、入ってきたのはスーツを着てオーバーを手にした二人の青年だった。

ホッとした溜め息が漏れ、賑やかさが戻る。

女将が申し訳なさそうな顔で

「あいにく、満席なものですから・・・。」

断ろうとしたその時、和服姿の婦人が深々と頭を下げ入ってきて二人の青年の間に立った。
店内にいる全ての者が息を呑んで聞き耳を立てる。

「あのー・・・かけそば・・・3人前なのですが・・・よろしいでしょうか?」

その声を聞いて女将の顔色が変わる。
十数年の歳月を瞬時に押しのけ、あの日の若い母親と幼い二人の姿が目の前の3人と重なる。
カウンターの中から目を見開いてにらみ付けている主人と、今入ってきた3人の客とを交互に指さしながら

「あの・・・あの・・・、おまえさん・・・。」

と、おろおろしている女将に青年の一人が言った。

「私達は14年前の大晦日の夜、親子3人で1人前のかけそばを注文した者です。あの時、一杯のかけそばに励まされ、3人手を取り合って生き抜くことが出来ました。その後、母の実家があります滋賀県へ越しました。
私は今年、医師の国家試験に合格しまして京都の大学病院に小児科医の卵として勤めておりますが、年明け4月より札幌の総合病院で勤務することになりました。
その病院への挨拶と父のお墓への報告を兼ね、おそば屋さんにはなりませんでしたが、京都の銀行に勤める弟と相談をしまして、今までの人生の中で最高の贅沢を計画しました。
それは大晦日に母と3人で札幌の北海亭さんを訪ね、3人前のかけそばを頼むことでした。」

うなずきながら聞いていた女将と主人の目からどっと涙があふれ出る。
入口に近いテーブルに陣取っていた八百屋の大将が、そばを口に含んだまま聞いていたが、そのままゴクッと飲み込んで立ち上がり

「おいおい、女将さん。何してんだよお。10年間この日のために用意して待ちに待った『大晦日10時過ぎの予約席』じゃないか。ご案内だよ。ご案内。」

八百屋に肩をぽんと叩かれ、気を取り直した女将は

「ようこそ、さあどうぞ。おまえさん、2番テーブルかけ3丁!」

仏頂面を涙でぬらした主人、

「あいよっ!かけ3丁!」

期せずして上がる歓声と拍手の店の外では、先程までちらついていた雪もやみ、新雪にはね返った窓明かりが照らしだす『北海亭』と書かれた暖簾を、ほんの一足早く吹く睦月の風が揺らしていた。

10分間のカセットテープ

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2013年2月 6日 14:15
  • 全般

仲の良い友人に

「結婚式お願いね。」

と声をかけられるのは、プランナーの冥利に尽きる出来事のひとつです。

「彼と結婚することになったの。それで、あなたにプランナーをお願いしたいのだけど、相談に乗ってくれる?」

そう言って電話をかけてきたのは、中学、高校と同じ女子高で机を並べていた大親友。
高校卒業後は、別々の学校へ進んだものの常に連絡を取り合っており、社会人になった現在も1か月に1度は必ず会っているほどです。

住んでいるところも近かったので、学生の頃は互いの家を行き来することも多く、彼女のご両親は、私のことを彼女とおなじくらい可愛がってくださいました。

そんな彼女からの申し出は、親友としてとてもうれしく、幸せなことでした。
しかも、自分がなりたくてなった仕事を大事な友達のために活かすことができるなんて、絶対に素敵な式にしようと心に誓いました。

ただ、その一方で、彼女の声がどこか沈んでいることにも気付いたのです。

「ありがとう、任せて。できるだけのことをしっかりさせてもらうから。それにしても、ちょっと急だね。」

彼女の結婚相手は付き合って半年ちょっとの男性でした。
これまで彼女の恋愛をずっと見てきた私としても、たしかに今の彼と幸せになってくれたらいいな
とは思っていましたが、それでも手放しで喜ぶことのできない、何かひっかかるものがあったのです。

「うん。それがね・・・。」

彼女の声が詰まりました。
あまりに深刻そうな声に、思い当たることがありました。

「お父さんのこと?」

大親友のお父さまは、2年前に大腸がんを患い、手術したものの転移が進んでおり、もう長くないのではと言われていました。

「一刻も早く式を挙げたいの。もう1か月もたないだろうって言われてしまって・・・。」
「1か月・・・。」

私は言葉を失いました。

慌てて式場を押さえるとしても、病身のお父さまは参列できるのだろうか・・・。
それより何より、きちんと成功させることができるのだろうか?
一瞬にして様々な「?」が頭をめぐりました。
私は自分に

(落ち着いて。)

と言い聞かせ、1回大きく深呼吸をし、言葉を続けました。

「できないことはないと思うけれど、お父さまはどのくらいの時間、外にいても大丈夫?今どんな状態なの?それに、ほかの参列してもらう方たちはどうする?お招きするのは間に合うかしら・・・。」

「意識ははっきりしているんだけど、ずっとベッドにいるわ。ベッドごと、父を運ぶことはできないかしら。ねえ、どう?どうしたら、どうしたら参列してもらえる?」

最後の方は嗚咽で聞きとれませんでした。
混乱している彼女の話だけでは、状況判断ができないため、とにかく、お父さまの入院されている病院にうかがうことを約束しました。
電話を切り、ふと気づくと、私の目からも涙があふれていました。

新宿にあるその大きな病院を訪ねたのは、数日後の夕方でした。

彼女のお父さまは点滴をした状態で、ベッドに横になっていました。
以前お会いした時よりやせ細ってはいらっしゃいましたが、意識ははっきりされていて、私がうかがうと

「おお。」

と、半身を起そうとされました。

「そのままになさってください。お加減はいかがですか。」
「来てくれてありがとう。ちょうどよかった。預かってほしいものがあるんですよ。身内には言えないから、いつかあなたに預ける機会がないものかと、ずっと思っていました。そこの戸棚の引き出しのいちばん奥にある封筒を取ってもらえませんか?」

病室に備え付けの小さな戸棚の引き出しを開けると、小さな封筒が出てきました。
中には、まだ赤ちゃんだった親友を抱いているお父様の写真と、10分のカセットテープが入っていました。

「あの子が結婚するときに渡してやろうと思っていたものなんです。」
「おじさん・・・。」

私は胸がいっぱいになって、涙が出そうになるのを必死で抑えながら、

「おじさん。来月・・・綾香は、来月結婚式を挙げるんです。会場、押さえたんですよ。だからおじさん、ぜひ参列してくださいね。」

と伝えたのですが、お父さまは小さく首を横に振られました。

「こうしているとね、自分の寿命が分かるんです。来月は、たぶん、無理でしょう。焦らず、盛大ないい結婚式を挙げてやってください。その封筒もお願いしますよ。」
「・・・。」

強い光をたたえた目で見つめられながら、一つひとつの言葉をゆっくりお話されるお父さまに、これ以上、何も言うことはできませんでした。
「とりあえず」ということで、封筒をお預かりし、帰途に就くのが精いっぱいだったのです。

お父さまの前ではどうにか涙をこらえることができたものの、帰りのバスの中では、ハンカチを顔から離すことができませんでした。
家に帰り、預かったテープを再生してみようかと思いましたが、怖くてどうしてもできず、そのまま机の奥にしまいました。
その1週間後、お父さまは容態が急変し、お亡くなりになりました。
親友の結婚式まで、あと2週間を残すばかりでした。

親友の落ち込みようは大変なものでした。
結婚式はもちろん延期になり、彼氏はずっと彼女のそばで励まし続けていました。

お父さまの死からちょうど2年後、彼女はジューンブライドになりました。
参列者は両家合わせて80人。
盛大なパーティ-です。
私もプランナーとして、ずっと一緒に準備をしてきました。

式を終え、披露宴が始まりました。

花嫁が中座、お色直しでの入場の後、私は2年間ずっと内緒にしてきたあのテープをかけることにしました。
結局この日まで、中身を聞くことはできなかったのですが・・・。

ドキドキしながらテープの再生ボタンを押すと、お父さまの元気な声が流れてきました。

「よっ、綾香、元気か?大きくなったなあ。花嫁姿を見られなくて残念だけれど。さぞかしキレイなんだろうなあ。おまえは小さい頃、風邪ばっかりひいて身体が弱かった。その割に勝気でいたずらをよく仕掛けてきたよな。覚えているか?夏休みにお父さんの田舎に連れていったとき、外から鍵がかかるトイレに父さんが入ったら、お前が鍵を閉めてしまったこと。全然お前が開けてくれないから、『助けてくれーっ』と叫んだんだけど。あれは恥ずかしかったなー。」

場内は大爆笑。
親友も初めこそ驚いていましたが、お父さまのトークに涙を流しながら笑っています。
ユーモアがあり、いつも笑いを忘れないお父さまらしいな、と私はうれしくなりました。

「そして―、綾香をもらってくれた新郎へ・・・
娘は大人になってもいたずらを仕掛けてくるかもしれませんので、注意してくださいね。もしも綾香が、ぷーっとふくれ面をしたら、甘いものを食べさせると機嫌が直るはずです。それから、彼女は一見、気が強そうだけど、根は甘えん坊で、いたってやさしい子です。どうぞ、末永く大事にしてやってください。」

親友のドレスを着た肩が大きく震えていました。
新郎も真っ赤な目でうなずきながら、聞いています。

少し間をおいた後、お父さまは最後の言葉をおっしゃいました。

「おめでとう。幸せになれよ。」

その言葉を聞いたそこにいる誰もが、涙を止めることができませんでした。

ピュアな心を取り戻したいあなたへ 【結婚式の泣けるストーリー:前編】
ピュアな心を取り戻したいあなたへ 【結婚式の泣けるストーリー:中編】
ピュアな心を取り戻したいあなたへ 【結婚式の泣けるストーリー:後編】

小さな勇者の話

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2012年8月22日 11:43
  • 全般

さっき甥っ子連れてコンビニに行って来た時の話。

甥っ子は

「好きなアイスを一つ買ってあげる。」

と言うと目を輝かせて売り場に行き、その間に私は目当てのものを買おうと棚を見ていた。

すると甥っ子より少し大きいくらいの男の子二人に

「どけよ、おばさん。」

と突き飛ばされてしまった。
しゃがみ込んでいたのでバランスを崩し不覚にも横に倒れてしまった。

その時、思わず出した声に甥っ子が走って来て男の子二人に体当たりした。

「男は女の子に乱暴したらいけないんだ!」

普段から父親(私の兄)に言われている言葉を口にする甥っ子。
でも、足は震えていた。

「女の子には優しくしなきゃいけないんだ!」

周りに注目され男の子二人はそそくさとその場を立ち去った。
仁王立ちのまま振り返り。

「○○ちゃん(甥っ子は私をそう呼ぶ)大丈夫?」

と聞いて来た甥っ子。
顔は立派でも足はガクガク。

「大丈夫だよ、ありがとう。」

と起き上がりながらお礼を言うと

「お兄ちゃんだもん。」

と胸を張った。
先一昨日、妹が生まれたばかり。
「お兄ちゃん」をかなり意識している甥っ子。

でも、やっぱり足は震えている。
だけど顔はとっても誇らしげ。

「ご褒美だ。」

とコンビニの店長さんにおまけしてもらってにっこにこ。
家に帰って早速パパとママに報告していた。

すいません。
人見知りな甥っ子なので、その姿に感動してしまって書き込ませてもらいます。
まぁ、女の子なんて歳ではないのですが・・・。

ディズニーランドと我が子

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2012年5月28日 17:26
  • 全般

旦那の上司の話です。
亡くなったお子さんの話だそうです。

主人の上司のA課長は、病気で子供を失いました。
当時5歳。
幼稚園でいえば、年中さんですね。
原因は分かりません。
不治の病だったそうです。

Aさんも、Aさんの奥さんも絶望の淵に立ったそうです。
奥さんは、突然Aさんに皿を投げつけたりするDV行為を行ったそうです。
ストレス発散だったのでしょうか。
Aさんは事情が理解できていたので、黙って見守っていたそうです。

我が子を失った思いというのは、自分さえ深く深く傷ついている。
ましてや、奥さんは自分が仕事でいない間もずっと一緒だった。
たとえば入院してからも、自分は仕事で病院に行けない日があったのに、奥さんはずっと通っていたわけです。
Aさんも悪いなあと思っていました。

その時点では、いずれ退院したら、どっか連れて行こうか、女房と子供はディズニーが好きだから、連れていけばいいや、と軽く考えていたそうです。

その矢先のお子さまの突然の天界。
Aさんも自分の過ちを気づいたそうです。
その時、その一秒でも子供と、奥さんと共に接していれば、わずかな時間でも共有していれば、たとえ結果は一緒だったけれど、過程は全然異なる。そう自責の念に駆られたそうです。

子供を失った夫婦というのは、とてつもなく大きな暗い穴が広がるそうです。
我が子はうざいと思う時もありますが、いざ、最初からいないと仮定すると、それは考えられない。
失う、消えるという事態が突然自分の事になるのはとても理解できないと思います。
そういう場面にAさん夫妻は直面したわけです。

その後は毎日が夫婦喧嘩。
一方的に奥さんが罵るわけですが、Aさんも耐えてるんでけども、悪いとは思いながらも、時折言い返してしまう。
メビウスの輪の悪循環。
Aさんと奥さんは精神的にボロボロに崩れ落ちていました。

当時A課長は、私の旦那を送ってきた際に

『きみの子たちは元気だね。それは結構幸せな事なんだ。ゼロになるというのは本当に信じられないことなんだ。気が狂うよ。』

と言ってました。
涙目で。
後々になって話を聞くと、実際に、備長炭を用意していたそうです。

死ぬ一歩手前。

そんな時な話です。

『ディズニーランドに行ってみようか。』

そう思ったA課長はその考えを奥さんに言いました。
なぜならその日は生きていれば我が子の誕生日だったからです。
それに、子供は病院で息を引き取る前に、ミッキーのぬいぐるみを抱いていたほどディズニーが大好きだった。

Aさんは、子供が亡くなるまで毎年、ディズニーランドで子供の誕生日を祝っていたのでした。
今年も生きていれば当然ながら行っていた。
自分の家のイベントだった。
それを思い出したんです。
それで一周忌に子供の約束は守ろうかって思ったんですね。

Aさん夫婦はディズニーランドに行きました。
最初は後悔したそうです。
すれ違う親子連れ。
ミッキーの帽子をかぶってじゃれ合う親子連れ。
同い年であろう子供を見るたびに涙がこぼれそうになったそうです。

だって我が子も一緒に来ていれば同じことをしていたわけです。
手の温かさを思い出したそうです。

『パパ、ママ。』

亡き子供の声を何万回も聞いたそうです。

もし、自分の子供が生きていたら、こんなふうに乗り物に乗っていたんだろうか。
こんなものを一緒に食べて喜んでいたのかなあ。
ディズニーランド内を歩くたびに亡くなった子供の笑顔ばかりが頭に浮かんだそうです。
Aさんは

『来なければよかったよ。』

と思ったそうです。
奥さんも同じことを考えていたのか、Aさんを睨み付けるばかり。

『帰ろうよ。』

さらに

『あなたは私に悲しみを与えるばかり。』
『最悪の夫だよね。』

とも言われたそうです。
宣告ですね。

Aさんは、ふと、そんな奥さんを見て思ったそうです。
ぼくと一緒にいるから彼女は子供のことを思い出し、救いようのない泥沼から這い上がれずにいる。
それは自分も同じだ。
お互いに幸福になるには?

導き出した結論は離婚でした。
子供を亡くした親は必ず離婚を意識するそうです。
理由はこれ以上、子供のことを思い出して、互いに傷つきたくはないから。
それが天国にいるであろう、我が子に対しての償い。
償いとは、自分自身に対する運命のカルマです。

真剣に離婚を考えながらもA課長は、予約してあるレストランへ行きました。

そこではお互い、言葉は交わすことはなくても、これが一緒に取る最後の食事であることはなんとなく、感じていました。
子供が生きていたら喜ぶであろう、ミッキーマウスのショーが見れるレストラン。
これが最後の晩餐になるんだろうなぁ、と夫婦共に考えていたそうです。

A課長は自分の心は死んだ子供にある。
奥さんも亡くなった子供だけしか考えられなくなっている。

どんなに思おうが、子供は生き返らない。
苦痛のジレンマ。
だけど、二人にとっては決して忘れることができないし、忘れる気持ちも毛頭ない、楽しい日々の思い出がある。
共有する楽しい思い出と、それに残酷なまでに続く悲しい思い出。

子供の笑顔が脳裏で蘇るたびに、罵り合い、互いに傷つけ合う。
レストランに入り、

「予約していたAですが。」

と伝えると、係の者(キャスト)は席に案内してくれました。
テーブル席。
空席がありますが、それは亡くなった子供の席です。
Aさんと奥さんの間にある一つの空席。
ポツンと。

あいにくと、その日は非常に混んでおりました。
日本はおろか、アジア中から客(ゲスト)が来ていたから当然です。
Aさんの席は二人だけなのに、4人掛けのテーブル。
Aさんもちょっぴり悪いかな、と考えました。
そんな時に、キャストは来て言いました。

『お客さま、大変申しわけございませんが、御夫婦さまでしたら、二人掛けのテーブルに移っていただけないでしょうか?御家族連れに困っているお客さまのために。』

そう言ったそうです。

夫婦だけなら、もっと小さなテーブルに行って、大きなテーブルは待ち疲れたファミリーに譲る。
それはディズニーに限らず、レストランで食事を摂る者の当たり前のマナーですね。

だけど、Aさんは「悪いな」とは思いつつ言いました。

『混んでいるのは分かるんだよね。できることなら僕だって席を譲りたい。でも、実は、昨年、私たちの子供が病気で死んだんだ。今日は、私たちの子の誕生日なんだ。私たちは子供の誕生日を祝ってあげたい。この真ん中の席には、子供が座る予定だったんだ。約束していたんだ。二人だけであれば当然、席を譲ろうかとも思うんだけれど、亡くなった子のバースディだから、大変申しわけないんだけど、このままでいさせていただけないだろうか。』

と言ったそうです。

そのキャストは、しばらく考えると、

『お客さま、それは大変失礼な事を言ってしまいました。大変申しわけございません。どうぞ、このままの状態でいらしゃって下さい。』

と言って去って行ったそうです。

しばらくして食事が来ました。
注文したのは二人分のフレンチのコースだったのに、なぜか三人分が来たそうです。
しかも、真ん中の席にはきちんとお子さまランチが置かれたそうです。
ドリンクはオレンジジュース。
Aさんはキャストを呼びました。

『自分たちは子供の分までは注文していない。』

と。

すると、

『これは店のサービスです。お子さまの分はお店のサービスです。』

そうキャストは言ったそうです。
しばらくして、天井の明かりが少しばかり落とされたかと思うと、突然、アナウンスがありました。
Aさん夫妻は何だろう?と思い、マイクの発信先に目をやりました。
すると、そのキャストが大きなケーキを持っていました。
それもバースデーケーキを。

『みなさま、大変申しわけございません。本日は特別な日です。ここにいらっしゃる方のお子さまの誕生日なのです。どうかみなさま、いっしょにハッピーバースデーを一緒に歌ってはいただけませんか。』

そう言うと、音楽と共に、ケーキをAさんのテーブルに運んできてくれたそうです。
幾人ものお客さんが、音楽に合わせて、ハッピーバースデーを歌ってくれたそうです。

テーブルに運ばれてきたケーキ。
すると自然に蝋燭の火が消えたそうです。
理由は分かりませんが静かに消えた。
Aさん夫婦が立ち上がってお礼のために頭を下げると、拍手が起こったそうです。
おめでとう。
おめでとう。

やがてショーが始まったそうです。
ミッキーのショーですね。
そのとき、Aさん夫婦は、奇跡を見たそうです。
真ん中の席に、誰もいないはずの席に、我が子が座っている。
ミッキーの踊りを見て喜んで手を叩いている。

ああ。
ああ。
君と一緒に見たかったんだよ。
Aさんは涙目になりながら、我が子、生前の我が子からは少し成長した我が子を見たそうです。
笑顔で喜ぶ我が子を。

横に目線を走らせると、Aさんの奥さんもハンカチで目頭を押さえて、同じように、空席に座る少し成長した我が子を見ることを体験したそうです。

そのとき、夫婦で悟ったそうです。
ぼくたちは間違っていたのかもしれないね。
ぼくたちが喧嘩ばかりしていたら、亡くなった子供はますます悲しくなってしまうよね。
悲しみがひどすぎて、天国へもいけないね。 
ぼくたちは間違っていたんだ。
子供のことは忘れてはいけない。
だけど、前に進まなればならないんだね。

そう、夫婦で一瞬にして悟ったそうです。
その直後、真ん中に座る子供はAさんと奥さまを右、左とゆっくりと見て、微笑んだそうです。
声は出すことはなかったそうですが、こう聞こえたそうです。

『ありがとう。ありがとう。パパとママ、ありがとう。』

やがてショーが終わり、店内に明かりが再び灯りました。
Aさん夫婦の間には手を付けられていない料理が一つ。
だけど、いま体験した奇跡は夫婦は本物であると疑いを持つことはありませんでした。
二人手を握り締め合って、ディズニーランドを後にしたそうです。

一粒の豆

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2012年2月27日 10:37
  • 全般

あるところに、交通事故でお父さんを失った母子がいました。
上の子は小学3年生、下の子は小学1年生でした。

お母さんは、生活を支えるために朝6時に家を出、ビルの清掃、それから学校給食の手伝い、夜は料理屋で皿洗いと、身を粉にして働きました。
でも、そんな生活が半年、8ヶ月、10ヶ月と続くうちに、身も心もクタクタになってしまいました。
いつしかお母さんの頭には、いつも死ぬことばかりが思い浮かんできたのです。

そんなある日、お母さんは朝でがけに子供たちに置手紙を書きました。

「おにいちゃん、おなべに豆がひたしてあります。これを、今晩のおかずにしなさいね。豆がやわらかくなったら、おしょうゆを少し入れなさい。」

その日も1日、くたびれきって帰ってきたお母さんは、今日こそ死んでしまおうと睡眠薬を買っていました。
そんなことはまったく知らない二人の子供たちは、すやすやと眠っています。
その時、彼女は、

「お母さんへ」

と書いた、1通の手紙を眼にしました。

「お母さん、ごめんなさい。ぼくいっしょうけんめい豆をにました。でも、しっぱいしました。だからごはんに、水をかけて食べました。お母さん、あしたの朝、もういちどぼくに豆のにかたをおしえてください。そしてぼくのにた豆を一つぶだけ食べてみてください。ぼく先にねます。お母さん、おやすみなさい。」

このお兄ちゃんの手紙を読んだお母さんの目に、どっと涙があふれました。

「ああ、お兄ちゃんは、あんなにも小さいのに、こんなに一生懸命に生きてくれているんだ。」

お母さんはそう言って、お兄ちゃんの煮たしょっぱい豆を、涙と一緒に一つ一つ押し頂いて食べたのです。

それ以来、「一粒の豆」がお母さんの宝物になりました。
あの時のことを思えば、どんなことだって我慢ができるという、お母さんだけの「秘密の宝物」なのです。

あるレジ打ち女性の話

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2012年2月 1日 10:28
  • 全般

その女性は、何をしても続かない子でした。
田舎から東京の大学に来て、部活やサークルに入ったのは良いのですが、すぐにイヤになって次々と所属を変えていくような子だったのです。

そんな彼女にも、やがて就職の時期が来ました。
最初、彼女はメーカー系の企業に就職します。ところが仕事が続きません。
勤め始めて3ヶ月もしないうちに上司と衝突し、あっという間にやめてしまいました。

次に選んだ就職先は、物流の会社です。
しかし入ってみて、自分が予想していた仕事とは違うという理由で、やはり半年ほどでやめてしまいました。
その次に入った会社は、医療事務の仕事でした。
しかしそれも『やはりこの仕事じゃない』と言ってやめてしまいました。

そうしたことを繰り返しているうち、いつしか彼女の履歴書には、入社と退社の経歴がズラっと並ぶようになっていました。
すると、そういう内容の履歴書では、正社員に雇ってくれる会社がなくなってきます。
ついに、彼女はどこへ行っても正社員として採用してもらえなくなりました。
だからといって生活のためには働かないわけにはいきません。
田舎の両親は早く帰って来いと言ってくれます。
しかし、負け犬のようで帰りたく、ありません。
結局、彼女は派遣社員に登録しました。

ところが、その派遣も勤まりません。
すぐに派遣先の社員とトラブルを起こし、イヤなことがあればその仕事をやめてしまうのです。
彼女の履歴書には、やめた派遣先のリストが長々と追加されていました。

ある日のことです。
新しい仕事先の紹介が届きました。
それは、スーパーでレジを打つ仕事でした。
ところが勤めて1週間もすると、彼女はレジ打ちに飽きてきました。
ある程度仕事に慣れてきて、

『私はこんな簡単な作業のためにいるのではない。』

と考えだしたのです。
その時、今までさんざん転々としてきながら我慢の続かない自分が、彼女自身も嫌いになっていました。
もっとがんばるか、それとも田舎に帰ろうか。
とりあえず辞表だけ作って、決心をつけかねていました。

するとそこへ、お母さんから電話がかかってきました。
また田舎に帰ってくるよううながされ、これで迷いが吹っ切れました。
彼女はアパートを引き払ったらその足で辞表を出し、田舎に戻るつもりで部屋を片付け始めました。
長い東京生活で、荷物の量はかなりのものです。
あれこれ段ボールに詰めていると、机の引き出しの奥から手帳が出てきました。
小さい頃に書き綴った自分の大切な日記でした。
無くなって探していたものでした。

そして日記をパラパラとめくっているうち、彼女は、

『私はピアニストになりたい。』

と書かれているページを発見しました。
そう、彼女の小学校時代の夢です。

『そうだ。あの頃私は、ピアニストになりたくて練習を頑張っていたっけ。』

と、彼女はあの時を思い出しました。
彼女は心から夢を追い掛けていた自分を思い出し、日記を見つめたまま、本当に情けなくなりました。

『あんなに希望に燃えていた自分が今はどうだろうか。なんて情けないんだろう。そして、また今の仕事から逃げようとしている・・・。』

彼女は静かに日記を閉じ、泣きながらお母さんに電話したのです。

『お母さん、私、もう少しここでがんばるね。』

彼女は用意していた辞表を破り、翌日もあの単調なレジ打ちの仕事をするために、スーパーへ出勤していきました。
ところが

『2、3日でもいいから。』

と頑張っていた彼女に、ふとある考えが浮かびます。

『私は昔、ピアノの練習中に何度も何度も弾き間違えたけど、繰り返しているうち、どのキーがどこにあるのか指が覚えていた。そうなったら鍵盤を見ずに、楽譜を見るだけで弾けるようになった。』

彼女は昔を思い出し、心に決めたのです。

『そうだ、私は私流にレジ打ちを極めてみよう。』

と。
そして数日のうちに、ものすごいスピードでレジが打てるようになったのです。
すると不思議なことに、それまでレジのボタンだけ見ていた彼女が、今まで見もしなかったところへ目が行くようになりました。
最初に目に映ったのはお客さんの様子でした。

『あぁ、あのお客さん、昨日も来ていたな。』
『ちょうどこの時間になったら子ども連れで来るんだ。』

とか、いろいろなことが見えるようになったのです。
そんなある日、いつも期限切れ間近の安いものばかり買うおばあちゃんが、5,000円もする尾頭付きの立派な鯛をカゴに入れてレジへ持ってきたのです。
彼女はビックリして、思わずおばあちゃんに話しかけました。

『今日は何かいいことがあったんですか?』

おばあちゃんは彼女に、にっこりと顔を向けて言いました。

『孫がね、水泳の賞を取ったんだよ。今日はそのお祝いなんだよ。いいだろう、この鯛。』
『いいですね。おめでとうございます。』

うれしくなった彼女の口から、自然な言葉が飛び出しました。
お客さんとコミュニケーションをとることが楽しくなったのは、これがきっかけでした。
いつしか彼女は、レジに来るお客さんの顔をすっかり覚えてしまい、名前まで一致するようになりました。

『〇〇さん、今日はこのチョコレートですか。でも今日はあちらにもっと安いチョコレートがでてますよ。』
『今日はマグロよりカツオのほうがいいわよ。』

などと言ってあげるようになりました。
レジに並んでいたお客さんも応えます。

『いいこと言ってくれたわ。今から替えてくるわ。』

そう言ってコミュニケーションをとり始めたのです。
彼女はだんだんその仕事が楽しくなってきました。
そんなある日のことです。

『今日はすごく忙しい。』

と思いながら、彼女はいつものようにお客さんとの会話を楽しみつつレジを打っていました。
すると店内放送が響きました。

『本日は大変に混みあいまして申し訳ございません。どうぞ空いてるレジにおまわりください。』

ところがわずかな間をおいて、また放送が入ります。

『本日は混みあいまして大変申し訳ありません。重ねて申し上げておりますが、どうぞ空いているレジのほうへお回りください。』

そして三回目、同じ放送が聞こえてきた時に、はじめて彼女はおかしいと気づきました。
そして、ふと周りを見渡して驚きました。
どうしたことか5つのレジが全部空いているのに、お客さんは自分のレジにしか並んでいなかったのです。
店長があわてて駆け寄ってきます。
そしてお客さんに

『どうぞ空いているあちらのレジへお回りください。』

と言ったその時です。
お客さんは店長の手を振りほどいてこう言いました。

『放っといてちょうだい。私はここへ買い物に来てるんじゃない。あの人としゃべりに来てるんだ。だからこのレジじゃないとイヤなんだ。』

その瞬間、彼女はワッと泣き崩れました。
その姿を見て、別のお客さんが店長に言いました。

『そうそう。私たちはこの人と話をするのが楽しみで来てるんだよ。今日の特売はほかのスーパーでもやってるよ。だけど私はこのお姉さんと話をするためにここへ来てるんだ。だからこのレジに並ばせておくれよ。』

彼女はポロポロと泣き崩れたままレジを打つことが出来ませんでした。
はじめて、仕事というのはこれほど素晴らしいものなのだと気づいたのです。
そうです。
すでに彼女は昔の自分ではなくなっていたのです。

その後、彼女はレジの主任になって、新人教育に携わったそうです。
彼女から教えられたスタッフは、仕事の素晴らしさを感じながら、今日もお客さんと会話していることでしょう。
その後、彼女の履歴書がどうなったかは、誰も知りません。

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youtubeでも動画がアップされています。
是非見てみて下さい。


http://youtu.be/2M08p9leBio

3色弁当

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2012年1月31日 12:09
  • 全般

213:Mr.名無しさん 02/19 12:08
俺のかーちゃん、普通の料理はそこそこ旨かったんだけど、弁当のセンスはなくてさ。
弁当箱の半分は白飯と梅干、たくあん。あとは煮物、ダイコンとか芋とかしいたけ。
ときどきがんもどきかさつま揚げ、よく包んだハンカチに醤油が染み出してた。
タンパク質食べたいっていっても焼き魚とか、よくてせいぜいひき肉のコロッケ。
旨いは旨いんだけど、とにかく茶色一食で色気もくそもねえ弁当だった。
教室で食うのが恥ずかしくて、屋上に行ってこっそり食ってた。

かあちゃん、パート先がスーパーの惣菜部だったから、売れ残ったおかず貰ってきて弁当に詰めてたんだ。
O-157以来、ほんとはそういうのって禁止だったらしいんだけど。
うち余裕ないし俺とか弟とか食い盛りだったから、他のパートの人も黙認してたって後から知った。
でも、鶏のから揚げやハンバーグ、ブロッコリーやアスパラ、甘い玉子焼き。
プチトマトとかイチゴが入っているみたいな。
友達のきれいな弁当がうらやましかった。
女の子の弁当箱にそんなの入っていると、旨そうなの半分、むかつくの半分でよくかっぱらった。

遠足とか体育祭のときくらいそういうきれいな弁当が食いたくて、かあちゃんに言ったんだけど・・・。
いや、ほんのちょっとだけ・・・赤とか緑とか色のきれいな弁当食いてえって、ぽろっと口から出て。
でもうちの事情はわかってたから、期待はしてなかったんだ。

そしたら。
いつもの弁当箱あけたら、中がイタリアの国旗みたいになっていた。
3分の1が焼きジャケのほぐしたの。
真ん中がいり卵。
残り3分の1がインゲンマメの茹でたの。
たしかに3色弁当だったよ。
それとアルミホイルに包んだ梨とゆで卵。
いり卵にゆで卵かよ!って思ったけど、あの惣菜部は焼きシャケ扱ってなかったから。
わざわざ鮮魚部で俺の弁当のためにシャケ買ったんだな、インゲンもちゃんと茹でて、卵も、

「今日の弁当は残り物じゃない。」

って思ったらすごくうれしかった。

今、俺はコンビニでバイトしている。
3色弁当が売れ残りそうになると、無性に泣きたくなる。
んで、かあちゃんに会いたくなる。

それだけ。

J( 'ー`)し
 ( )\ ('∀`)
 | |  ヽ(  )

【小町】ほめてもらえませんか?

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2011年11月 2日 18:14
  • 全般

本当は、妻に言って欲しいんですけど、言ってもらえないから、誰かホメテ下さい。

・朝から子供達のお弁当作ってくれて有難う
・おいしい料理を作ってくれて有難う
・みんな素直ないい子に育ててくれて有難う
・両親(妻)と仲良くしてくれて有難う
・いつもお仕事お疲れ様、家族の為頑張ってくれて有難う

子供達三人が、大きくなったのを期に転勤・別居して、もう1年、一人暮らしには慣れたけど、一人で過ごす時間が辛いです。

空の上から、ホメテくれてるかも知れないけど、さみしいです。

子供達もほめてやってもらえませんか。

・頑張って仕事してるよ。
・頑張って勉強しているよ。
・今年は全国大会1位を狙って頑張ってるよ。
・お父さんに迷惑かけてないよ。
・おじいちゃん、おばあちゃんと仲良くしているよ。
・ワンコを飼い始めたよ、ちゃんと世話出来てるよ。

お父さんも、子供達も、頑張ってるよ、ホメテ下さい。

出来れば、夢の中にでも出てきて、ちゃんと言ってくれんかいな?

愚痴トピにおつきあい頂き、申し訳ありませんでした。

トピック : ほめてもらえませんか?
投稿者 : のろまなかめ
投稿日時 : 2011年10月2日 22:09

2度目の告白 その2

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2011年10月24日 18:38
  • 全般

2度目の告白 その1続き

翌朝、目は少し腫れていたが目立つほどではなかった。
正直、気は重かったが学校には行かなくては。
片瀬にああ言った事だし。
俺は支度を済まし、家を出た。

出来れば今日は誰とも関わらず、穏やかに静かに過ごしたかった。
傷はまだ塞がるどころか、いたずらに刺激を受ければ再び血を流してしまいそうだった。
片瀬にあったらどうしようか。知り合ってから初めて、彼女に会いたくないと思った。

しかし、運命は中途半端に俺たちを引き寄せる。

「あ・・・。」

通学路、今日は片瀬は一人で登校していた。

「あ、片瀬・・・お、おはよう」
「お、おはよう・・・。」

彼女も少し目が赤かった。
夕べ、あれだけ泣けば無理もないか。
流した涙の量は俺も負けていないとは思うけれど。

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2度目の告白 その1

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2011年10月21日 09:37
  • 全般

あれは高校2年の時・・・。
どうしても告白したい、好きな子がいた。
勿論それまで付き合った事も、女と喋るのも苦手だった。

周りの友達からは

「やめとけ、お前じゃ無理だ。」
「あの子レベル高いぞ?釣り合ってねーよ。」
「あいつはライバル多いぜ?バスケ部のエースも惚れてるらしい。」
「つか、うちの学校で一番人気じゃね?」

などなど、今にして思えば彼らの中にも彼女に惚れている奴がいたかもしれない。
名前は仮に美樹さんとしておこう。

男友達はいたが、女が苦手な俺は当然、モテなくて、奥手で、冴えない奴だった。
放課後、茜色の空の中、手をつないで帰る同級生のカップルを、眩しく見つめる事もあった。

2度目の告白 その1の続きを読む

貧乏な後輩

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2011年10月18日 12:22
  • 全般

278 名前:エロじゃなくてごめん! 投稿日:02/05/23 15:40
俺の家は小さなパン屋をしていた。
親父がパンを焼いて、お袋が店で売るという店員2人の小さな店だった。
俺は幼稚園のころから店を手伝っていた。
すぐ横にはおじさんがやっている豆腐屋もあったので、かけもちで手伝っていた。
友達と遊ぶのも良かったが、店でお客さんと話す方が好きだった。

俺が中学生のころ、うちの店によく来る親子連れがいた。
決まって食パンとラスクとパンの耳を買っていった。
お袋はいつも一緒に来る女の子にアンパンをあげていた。
お袋は

「あの人は可哀想な人なのよ。」

と言っていたが俺にはよく分からなかった。
しかし、アンパンをあげた時の嬉しそうな顔は本当に絵に描いたような笑顔だった。

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結婚記念日

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2011年8月31日 10:55
  • 全般

今日は結婚記念日でカミさんと外食した。

レストランはそこそこに混んでいてガヤガヤうるさかった。
特に隣の家族がうるさくって、カミさんとちょっと顔を見合わせて苦笑いをしたぐらいだった。
父親が子供にいろいろ質問しては笑い、っていうのがえんえん続いてこっちもうんざりしてた。
しかも、その父親がやたらと大きく咳き込むので実際鬱陶しかった。

しばらくすると、ウチのカミさんがその家族の父親を見て、

「ちょっとあのお父さん見て。」

と言うので、見つめるのも失礼なので向いの鏡越しに彼の後姿をみてみた。
咳き込むたびにハンカチを口に当てていて、それをポケットにしまうのが見えた。
ハンカチは血だらけだった。

咳き込んだあとは赤ワインを口に含んで子供たちにばれないよう大声で笑いごまかしていた。

向いに座っていた彼の奥さんは笑っていたが、今にも泣きそうな顔をしていた。
奥さんはどうやら事情を知っているみたいだった。
その父親が何らかの重い病気なのは明らかだった。
うちのカミさんはちょっともらい涙していた。

帰りに俺は無神経にも

「今日はなんか暗い結婚記念日になっちゃったな。台無しだよ。」

とカミさんにいった。
カミさんはちょっと沈黙を置いて、

「かっこよかったじゃんあのお父さん。ああいうお父さんになってね。」

って涙声で俺に言った。
俺もちょっと泣いた。

鏡の法則

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2011年7月22日 17:04
  • 全般

http://coaching-m.co.jp/payforward.htmより抜粋。

皆さん、こんにちは。
幸せ成功力コーチの野口です。

「幸せ成功力を日増しに高めるEQコーチングというブログを書き始めて、もうすぐ1年になります。
おかげさまで、たくさんの読者さんに訪れていただけるブログに成長しました。

ブログでは、幸せな成功を実現するために役立つ情報を、今のところ253本の記事にして公開しています。
そして、この253本の記事の中で、圧倒的に反響が高かった記事があります。

この記事の反響には、私自身が驚きました。

その記事とは、息子さんがいじめられて悩む主婦A子さんと、不思議なコンサルタントB氏のお話です。
実話にもとづくお話です。

A子さんは、B氏のサポートを得て、最大の悩みを解決するばかりか、人生で未完了だった問題(宿題)に気づき、人間的に大きく成長されます。

この記事を公開したところ、ブログのコメント欄に書き込んでくださるだけでなく、私のメールアドレス宛てに、個人的にメールをくださった方がたくさんおられたのです。
これは、他の記事では見られない現象でした。

「久々に号泣しました。」
「長年許せなかった人を許す勇気を持てました。」
「心の底から感謝の気持ちに満たされました。」

など、いただいたメールのほとんどは、感動と感謝のメッセージで、私自身、胸が熱くなりました。

また、この記事をコピーして、私が講師を務める企業研修(EQ向上研修)の中で配りました。

参加者の皆さんには、研修初日の夜に宿題として読んでいただき、翌日感想をお聞きしました。

すると参加者の90%もの人が、この記事を読んで「泣いた。」もしくは「涙がにじんだ。」と答てくださったのです。

このA子さんのストーリーには、私たちの心の奥深くに訴えかけてくるものがあることを確信しました。
私自身も、この話を読むたびに、A子さんの勇気に触れて涙がにじみます。
そして、大きな勇気をもらいます。

そこで、今回レポート形式にまとめ、持ち歩いてもらえるようにしました。
あなたが幸せな成功を実現するために、このレポートがお役に立てば嬉しいです。

野口嘉則

鏡の法則

DS Lite

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2011年7月15日 12:39
  • 全般

263: 05/15 16:20
先週、夕方の5時半頃だったっけ、たまたまエロゲ買いにソフへ行ったときにゲーム売り場の前を通りかかったらDS Liteのゲリラ販売をやってた。

欲しくてたまらないと言う訳でもなかったけど、せっかくの機会だったから、まあ買ってみるかな、と思って列に並ぶことにしたのよ。
俺が並んだ時点で、販売を開始してから少し経っていたようだけどそれでも40人ぐらいは並んでたかな。

俺の後ろに並んでたのが小学2、3年生ぐらいの女の子とその母親。
母親の手を握りながら女の子はどうぶつの森のソフトを握りしめていた。
後ろから、

「○○ちゃん、今日は買えるといいね。」

と母親が声を掛けても女の子じっと黙って動物の森を握りしめたまま俯いたままだった。

しばらくすると看板を持った店員がやってきて、俺の後ろで、

「すみません、DS Liteはここまでになります。」

と列の後ろの方に大声で告げていた。
振り向くと、女の子が顔を上げて、か細い声で、

「おかぁさん・・・。」

と言ってそのまま絶句してた。
目が涙で溢れると、目尻を伝って流れていく。
母親は、

「○○ちゃん、仕方ないからまた探しましょ。」

と何とかなだめようとしていたが、女の子はどうぶつの森のソフトを握りしめたまま、声を出さずに涙をボロボロとこぼしていた。
すぐ後ろにいる店員に、

「俺はいいからこの子に回してやってよ。」

と言って、俺は列を離れた。
母親の、

「ありがとうございます。」

と言う言葉と、

「お兄ちゃん、ありがとう。」

と言う女の子の泣き笑いの顔を見ながら。
DS Liteはもう少し出回ってから買えばいいや。

店長の回答

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2011年7月 5日 09:08
  • 全般

553:おさかなくわえた名無しさん 04/06 16:07 z6Vl69mR
お客様の声
「僕は高校生だから商品が高くて買えません。値段をもっと安くして下さい。」

店長の回答
「高校生が何でも買える世の中になったらそれは変ですよね?自分で働き、稼ぐようになったらお金のありがたみが分かる時が来るでしょう。その時は当店をご利用下さいませ。」

うだつの上がらない教師だった父

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2011年6月23日 11:01
  • 全般

414: 10/26 15:19
父は中学の教師でした。
教師とはいえ定時には家に帰ってくるし、カメラや車の修理などの趣味のほうが熱心な、うだつの上がらない風の教師でした。
定年退職した後

「もう働きたくない。」

と、昼ぐらいに起きてきて趣味三昧!

そのころは毎日、車の塗装に精を出し、近所中にシンナーのにおいを充満させてました。
そこに目をつけた近所のシンナー中毒の不良ども。
ある日

「車の修理したいからシンナー分けて下さい。」

ってやってきました。
あんなのシンナー欲しいからに決まってる~。とっとと追い返せばいいのに!!
と、やさしく対応する父をばかじゃないの?と思いつつ影から見てました。

「そうか、そうか!」

と、昔の生徒が来たのでうれしそうに丁寧に対応する父。
不良たちを応接間に案内して、とても優しく修理や塗装の仕方を馬鹿丁寧に語ってました。
人の良い父をうまくだましてシンナーをもらいたい一心で、不良たちは延々とその話を聞くふりをしてました。

その話が半端じゃなく長かった!!
さすが元教師。
延々とものすごく丁寧にいつまでも語ってました。

そして、最後に

「方法はわかっただろう。シンナーは使わなくてもできるからね。」

と一言。

「は、はい・・・ありがとうございました・・・。」

と、不良たちは帰っていきました。

後から聞くと、はじめから不良たちの意図はわかっていたけど、そのまま返すのもなんだし、暇だったのでわざと難しく長々と教えたらしいです。

あまり尊敬してなかったけど、なかなかやるじゃん!と思った出来事でした。

喪家の犬

  • Posted by: 涙脆い管理人
  • 2011年6月13日 08:55
  • 全般

33: 10/28 22:22
家族が亡くなったあと突然外飼いの犬が家に入りたがって入れてやったら一部屋ひとへや確認するんだって。
どこかにいると思ったのかなあ。
自分の犬が亡くなった後隣家の犬が同じようにやってきたのも犬猫板で読んだよ。
喪家の犬という言葉があるくらいだから、犬にはほんとに堪えるんだね。

37: 10/29 00:49
それ、うちの実家の犬もやってた・・・(つД⊂)
父が亡くなった時、悪くなってからお通夜お葬式が済む数日間獣医さんに預かってもらってたんだ。
だから出棺する様子も見ていないのがよくなかったのか、決して縁側から室内には上がらない行儀のいい犬だったのに、(入りたいというそぶりもみせたことなかった)

「入れてください・・・。」

って感じでずっと待ってた。

足拭いてやったら、家中くまなく回ったよ。
10日ほど続けてあきらめた。

不思議なのは、入院中は一度もそんなことやらなかったこと。
いつかは戻ってくる入院と、二度とは戻らない旅立ちの違いをどこで感じていたんだろう。

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