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ネットで見つけた泣ける話・感動する話 - 涙そうそう

兄貴

  • Posted by: 管理人
  • 2012年5月16日 18:19
  • 家族

中学の入学式が終わっ2日後、突然母親が蒸発したんだ。

理由は分からない。
女手1つで俺と兄貴を育ててたから生活は楽ではなかったんだ。
それは分かるが、それでも俺は楽しかったし、母も兄貴も楽しくやってると思ってた。

でも本当に突然、母がいなくなった。
最初は2、3日帰ってこないだけだど思ってた。
兄貴が何も言わずに普通にしていたから。

1週間2週間たっても母は帰ってこなかった。
その間俺の食事や家のことは、当たり前のように兄貴がやっていた。
何もいわないで、ずっと以前からそれが日常だったみたいに。

当時高2だった兄貴には、付き合い始めたばっかりの彼女がいたはずだった。
放課後一緒にいたかったはずなのに、スグに学校からかえってきて、家の事をして俺の食事を作ってくれて、俺の弁当も毎日作ってくれてたっけ・・・。
それから県内1の進学校に通っていたから、夜遅くまで勉強もしていたみたいだった。

そんな兄貴の苦労も知らずにいたおれは今までどーリ学校にいって、放課後は好きなバスケに打ち込んで、本当に今までどーリだった。
母親がいない寂しさを感じないくらいに兄貴が俺にかまってくれたりしていた。

それでもある日俺は言ってしまった。

「母さんどこ行ったの?もう帰ってこない?そんなんいやだ・・なんで帰ってこんの?」

一度泣き言言い出すともう止まらなかった。
自分でも気づかなかったけど、やっぱり無理してたんだと思う。
兄貴は俺が泣き止むまでずっとそばにいてくれた。

その後、母親が蒸発したこと・理由は分からないこと、1度だけ母から電話があったことを教えてくれた。
もう帰ってこないことも教えてくれた。
おれは又泣いた。
すると兄貴はこういった。

「寂しい思いはさせない。兄ちゃんがいるから大丈夫だ。御飯だっておいしいのを作ってやるさ。」

本とはもっと違う言葉だったかもしれないけど興奮していた俺はよく覚えてない。
もちろんガキだったおれはその言葉で泣き止むことはなく、ずっと泣いていた。
泣きつかれて眠るまで兄貴はずっとそばにいた。

それからの俺は荒れた。

別にタバコとか警察沙汰とかはなかったが学校で教師ともめたり同級生と喧嘩になって相手に怪我させたりもした。
そんな時いつも兄貴が学校にきて謝っていた。
同級生の親に謝りに行った事もあった。
本当に迷惑かけたとおもう。

そんな感じで1年が過ぎた。
当然の疑問だけど生活費はどうしているんだろうと思っていた。
聞いて見ると前からもらっていた生活保護金とバイト代を使っているって答えが返ってきた。
俺に内緒でバイトをしていたらしい。

どうも母が蒸発した翌月から始めていたらしい。

何のバイトなのかはどうしても教えてくれなかった。
でも生活保護金とバイト代だけで生活を支えてたんだから、ホントに大変だったと思う。

おれは高校に進学した。
兄貴が勉強教えてくれたから特待生で入学して費用は一切かからなかった。

兄貴は進学せずに就職して生活を支えてくれていた。
俺はバイトして少しでも兄貴を助けたいと思った。
でも兄貴がそんな時間があるならバスケと勉強してろって言ってくれた。
俺はそれに甘えた。
今思い返してみれば俺はどれだけ駄目な弟だったんだって思う・・・。

そんな俺たちの生活を見かねた親戚が離婚していた親父を連れてきた。
今からでも一緒に暮らそう。
そういった親父に兄貴はこういった。

「俺たちを1度捨てた人間には頼らない。でも弟には苦労をさせたくない。弟だけでよいから一緒に暮らしてやってくれ。」

兄貴は泣いていた。
後で聞いた話だが自分ひとりで俺の面倒や大学進学費用を支えられないのが、悔しくてたまらなかったらしい。
そんな兄貴の気持ちが嬉しかった。
でもこれ以上兄貴に迷惑をかけたくなかったおれは、親父と一緒に暮らし始めた。

それでも兄貴とは手紙で連絡をとってた。
1月に2、3通ぐらいきてたっけ。
次第に兄貴からの手紙が少なくなり、最後には来なくなった。

最近昇進して忙しいって手紙に書いてあったのと、大学受験2ヶ月まえだったことからそんなに気に止めてなかった。

晴れて大学に合格して兄貴に報告の手紙を出したら、3週間後知らない女の人がたずねて来た。
兄の恋人だったと言った。
その人はこういった。

「あきおさんね、もう君には会えないんだ。あえないだけじゃなくて、手紙もかけない。ううん、君だけじゃなくて私ももう会えないんだ。」

そういって3つの封筒をだした。
1つは兄貴の遺書だった。

兄貴から手紙が来なくなったのは、兄貴が入院したからだった。
入院なんてかくとお前心配するから、大学受験控えてるから、昇進して忙しいってウソついた。
ごめんな。
医者が言うにはもう助からない見込みが高いって。
お前の卒業式とか入学式とか見に行けないかな。
ごめんな。
そういえばお前の引退試合も仕事で見に行けなったな。
ごめんな。

お前さびしがりやだから俺がいなくなって大丈夫かな?
でも、もうずっと俺がそばにいなくても大丈夫だったから大丈夫か?

何か文章おかしいな。
いざこんな事書こうとしたら中々かけないもんだね。
もっといっぱい書きたいことがあるはずなのにな。
なんでかな、言葉が出てこないよ。

いまさらだけどこの手紙をお前が見てるときは、俺はもういないんだよな。
お前の成長をまだまだ見たいし、お前が本気でほれる女の子も見てみたい。

なんて自分の子供に言う言葉みたいだな。

それなんだ。
お前に言いたいのは。

母さんがいなくなってから俺がお前の親父代わりで母親代わりだったつもりだ。
それでもやっぱり寂しい思いをさせたよな?
最初の頃は料理も下手くそだったよな?

全然駄目な兄貴でごめんな。
頼りになんない親父だったな、ごめんな。
お前の悩みひとつ聞いてやれない母親だった。
ごめんな。

身内自慢になっちゃうけど、こんな俺の弟なのにお前は最高にいい男だよ。
お前の兄貴だったこと、親父だったこと、母親だったこと、全部がおれの自慢だよ。
これから先もっといい男になって、立派な父親になってくれ。

あ~何書いてんだろう俺、馬鹿みたいだな。
これ以上書くと情けないこと書いちゃいそうだから、そろそろ終わりにするよ。

じゃあ元気でな。

いつもの手紙とちがって、子供が書いた手紙みたいな兄貴の遺書がとても暖かった。
残り2つの封筒は兄貴の日記と、兄貴が恋人に宛てた手紙だった。

手紙を読んで分かったんだけどこの女の人は兄貴が高2の時から付き合ってる人だった。
その日記や手紙には俺のことがたくさん書いてあった。

俺のことで悩んでる兄貴がそこにいた。
俺のことをとても考えてくれてる兄貴がいた。
俺の前では決して見せなかった弱い兄貴がいた。

兄貴の苦労が始めて分かった。
兄貴が抱えていたつらさが初めて分かった。
もう兄貴に会えないと思った。

悲しくてたまらなかった。

いままで長々書いてきたけど結局おれは兄貴にありがとうが言いたい。
6年間で兄貴にありがとうなんて言った覚えがないんだ。恥ずかしい話だけど、ほんとだめだな俺。

なあ兄貴、こんな俺が自慢の弟だなんて言ってくれてありがとう。
俺を6年間守ってくれてありがとう。

それから兄貴を6年間支えてくれたナナさん、どれだけ感謝してもたりないけど本当にありがとう。

やまとなでしこ 「あなたはまだ何もわかってないわ」

ドラマ「やまとなでしこ」の名シーンです。
youtube に落ちていました。


http://youtu.be/uZaisN_ymn8

松嶋菜々子演じる桜子が色々なことに気がつく瞬間です。

ドラマの粗筋が分からない方には少々分からない断片的な動画ですが、なかなか切ないシーンです。
やまとなでしこは面白いドラマですので、是非オススメです。


では。

ソープランドで生まれたエロくない泣ける話

<758 名前:名無しさん@ピンキーID:Qb5qv1YNO の話>
ソープ嬢です。
5~6年前のある日、私にネット指名が入りました。
40代後半くらいの男性。
初めて指名をいただくお客さんだったし、私は顔出ししてないので、

「なんで指名してくれたんですか?」

と聞きました。
すると、

「お店のホームページを見てなんとなくいいな、と思って。」

とあいまいな答え。

(中略)

彼の手が、つめの手入れなど含めて普通の40代のオジさんよりも綺麗だったので、

「手、綺麗ですね。」

と何気なくほめると、彼は急に黙り込んでしまいました。
そして、しゃくりあげるように泣きはじめたのです。

私は驚いて、一瞬フリーズしてしまいましたが、

「え、何か気にさわること言っちゃいました?」

と、うつむく彼の下にもぐりこんで目を合わせました。
泣いた理由を話し始めた彼。

なんと彼、プレイを終えて吉原を出たら、お母さんと一緒に心中しようと 思っていたのだとか!

お母さんは介護が必要で、そのために彼は仕事を休みがちになり、 不況でそのままクビ。
貯金を崩して暮らしていたけどもう限界で、お母さんと旅立つ前に、最後にソープに来たんだとか。
彼の手が綺麗だったのは、お母さんの介護をするために清潔にしていたためでした。
そこに私がツッコミ入れたので、気持ちの糸が切れて彼は泣いてしまったんでです。

そして、彼が私をネット指名した理由も分かりました。
私、プロフィールに「元介護士」って書いてたんです。
実務はあまり経験ないんですが。

私は、困っちゃったんですが、スルーするわけにもいかず、

「お母さん、年金とかはもらってないんですか?」

と聞くと、受給資格が無いらしく・・・。
接客時間は刻々と過ぎて、このまま返すのも気持ち悪いので、私が以前お世話になった弁護士を紹介しました。
放っておくと怖いので、個室から弁護士に電話して、これこれこういう人が相談に行くからお願いしますと頼み、彼には料金から1万円を返して、

「これで相談してきなよ。」

と言って、不安でしたがお見送り。

そして現在、私はもうすぐソープを上がるんですが、うちの店の今の主任が誰あろう、このとき、 私の前で泣いたお客さんなのです(笑)
弁護士を紹介した後、てんぱっていたた私は、

「うちの店、ボーイ募集してるみたいだから。」

とまで言ってしまいました。
あの後、彼は私があげた1万円を握り締めて弁護士のもとに相談に行きその結果、お母さんの年金関連を調べたら受給資格が「ある」ことが発覚。
最悪だった彼の生活に希望の光がさし、そして彼はうちの店に面接に。

ボーイとしては年齢がオジさんすぎだったのですが、彼の前職がトラックドライバーで運転がうまかったこともあり、採用されて今ではいい感じに年とった主任です。
こうして振り返ると、けっこう感慨深いっすね~。
上がるまでがんばるぞ!

映画 アルマゲドン ベストシーン Your dady is a hero, not a salesman.

以前にアルマゲドンの泣けるシーンをアップしました。

映画 アルマゲドン ベストシーン

そして今回は、別の泣けるシーンです。


http://youtu.be/iwMG8NIP1NM

荒くれ者だった父親が、誇られる瞬間のシーンです。

元嫁さんが電話を落とした時のワンシーンは胸に詰まるモノがあります。

松屋のおばちゃん

551 :おさかなくわえた名無しさん :2007/02/04(日) 21:19:48 ID:dMDMpdDU
地方で働いてた時の話。
仕事終わってから仲間と松屋で飯を食べる事が多かった。

そこの松屋には必ずいるおばちゃんがいて、いつもニコニコしながら仕事してた。
いつも笑顔だし喋り方とかちょっと変わった人だったから、最初は冗談で仲間とその人に喋りかけてたんだ。
聞けば、明らかに労働基準法違反な時間を働いてた。
忙しい時間に一人で働いてたりもした。
(あとからバイトが遅れて登場。)

そんなおばちゃんを見て、混んでる時は

「俺達はあとまわしで良いから。」

ってよく言ってた。
そして遅れて出てくるぶた飯には漬物とかおまけが必ずついてた。
そんなことが数カ月続いて、俺は仕事を辞めることに。
だからあと一ヶ月で地元に帰る、ということをおばちゃんに話したら、

「辞める前に一回来てね。」

とのこと。
一ヶ月後、地元に帰る前日に約束通り松屋に行った。
忙しそうだったから、いつものように

「後回しで良いから。」

と伝えた。
普段より長い時間待たされてたがあまり気にせず。
ようやく出てきたと思ったら、皿が多い。
多いなんてもんじゃない。
豚皿、各定食の肉、カレー・・・ほとんどのおかずが出てきた。
ご飯も大盛り。

「おばちゃんからのおごりだよ、これから頑張ってね。」

涙ぐみながら全部食べた。
おばちゃんには悪いが、最初はおふざけで話し掛けてて、でも色んな話をして仲良くなって、最後には門出?を祝ってくれて。
出会いってわからないね。
おばちゃん、体に気をつけて頑張って下さい。
ありがとう。
ごちそうさまでした。

無関心な父親

  • Posted by: 管理人
  • 2012年3月27日 10:27
  • 家族

799 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/07/23 01:32 ID:tHmWWTGI
小さい頃から無口で無愛想で、たまに喋っても何かと理屈ばかりのいわゆる理系の人間で、俺のことに関しては何も言わず無関心ぽい感じだった。

精神論て概念なんぞ何一つ持ち合わせてないロボットみたいな父親だった。
そんな父親の背中を見てきたせいか俺は友達も少なく、外にも出ないので激しく世間知らず、と自分で言うのもなんだけどかなりのダメ人間だった。

そんな俺は18になって本格的に自分を変えようと父親に

「東京の大学へ進学する。」

と言った時、てっきり

「しっかり勉強しろよ。」

とかロクでもない事言うのだろうと思ってたら

「自分の目で都会をしっかり見て来い。」

と言った。
なぜか涙が止まらなかった。

あとから母に教えてもらったけど俺の大学進学費用をかなり貯めていたらしく、俺の知らない学資保険まであった。
地元の大学なら余裕でおつりが出るくらい。
俺が都会の大学に進学するだろうと、父親が車も買わずにかなりつぎ込んでたらしい。

てっきり無関心かと思ってたらちゃんと俺の事を考えていてくれた事が分かって今頃感動してしまった。

旅立ちの日の朝

  • Posted by: 管理人
  • 2012年3月26日 08:36
  • 家族

738 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/06/17 22:19 ID:KNaJf8JV
高校を卒業して初めての一人暮らしへの旅立ちの日の朝。
私は前の日に原因は忘れちゃったけど、些細なことでお父さんと喧嘩してた。
それでもおばあちゃんに

「お父さんに一言くらいは何か言っていきなさい!」

ってうるさく言われて、ちょっと気まずいながらも洗面所で顔を洗ってた父のもとへ。
それでも意地っ張りな私は何ていっていいか分からず、一言

「行って来るね。」

ってぶっきらぼうにつぶやいた。

父は何も言わなかった。
でも、洗った顔をタオルでごしごしこすりながら、目を真っ赤にしてるのを見たとき、初めて父が泣いてるのに気づいた。

何も言わなかったけど、

「お父さん実はすごく淋しいんだろうなー。」

って思ったら、私も駅までの道で涙を抑えずにはいられなかった。

父が死んで一年

  • Posted by: 管理人
  • 2012年3月23日 12:22
  • 家族

44 :名無しさん@お腹いっぱい。 :04/04/27 20:51 ID:r6n5n5mV
父が死んで一年になる。
父は母の再婚相手で、俺が小学生の時に突然父親になった。

当初は「父さん」と呼べず、悲しい思いをさせたかもしれない。
「○○(父の名)さん」と息子に呼ばれるのはどんな気持ちだっただろう。
息子に

「本当の父さんじゃないくせに!」

と言われる父はどんな気持ちだっただろう。
毒づき、当たり散らす息子にとても手を焼いていたと思う。

俺が中一の時に事故で両足を折ってしまい、歩けなくなったときがあった。
その時期に期末テストで、追試はほぼ決定だと思っていた時、父がおぶって学校まで連れて行ってくれた。
学校に近づくにつれて他の生徒の好奇の目に晒されている気がして、俺はとても恥ずかしくなった。
実際中一にもなって父親におぶられている俺をくすくす笑う女子もいた。
そんな折、ふと父の顔を背中越しに見ると、とても堂々としていた。

「自分の息子をおぶって何が悪い?」

今にもそう言いそうな表情で。

謝罪も感謝の言葉も贈れないまま、父はもう二度と会えないところへ行ってしまった。

俺には叶わない夢がある。
もし父が歩けなくて困ってしまうような時がきたら俺がおぶってやる。
叶わない夢だけど・・・。

身体の弱かったかあさん

  • Posted by: 管理人
  • 2012年3月22日 12:30
  • 家族

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/10/17(水) 02:22:16.22 ID:FYgGyfSfO
19の時、妹が産まれた。
友達から

「お前の子供だろー!」

なんてからかいも受けたりした。

でも、高齢出産だったかあさんはそれが元で、体がおかしくなった。

「無理して産むから!妹なんていらない!なんで子供が出来るん?!」

って、思った。
正直、その時は妹が嫌いだった。
余計な「物」だった。
気持ち良さそうに寝ている姿にムカついた。
結局、かあさんは出産のために入った病院から出ることなく家には帰ってこなかった

妹を殺してやろうと思った。
大嫌いだった。
絶対面倒なんて見ないって思った。

でも、父さんは違った。

「自分の子供だからね。かあさんとの子供だからね。」

そう思った。
お葬式が終わって、49日の法要の日がきた。
それまでほとんど家には帰らなかった。
妹がいる家にはいたくなかった。

法要のあと、父さんに呼ばれた。
話があるって。
リビングのソファーに父さんが座ってた。
そばで妹が寝ていた。

泣いた。
すごく泣いた。
父さんの話を聞いてすごく泣いた。
そして、自分のバカさ加減に情けなくなった。

かあさんは元々体が悪かった。
ずっと昔から。
私を産む時も家族・親戚中から反対されてた。
でも、私を産んでくれた。

妹を妊娠した時も医者に止められていた。

「せっかく授かったかけがえのない命を無駄にしない!」

って医者に言った。
どうせ長くないみたいだから、あなたとあの子に最後のプレゼント。
そう父さんに言った。

「私が死んで、あなたが死んでも、これであの子は一人ぼっちにはならない。」

そう父さんに言った。

ごめん、もうかけない。

オレンジ色のチューリップ

  • Posted by: 管理人
  • 2012年3月18日 23:24
  • 家族

6年ほど前の今頃は、花屋に勤めていた。
毎日エプロンをつけて店先に立っていた。

ある日、小学校1年生ぐらいの女の子がひとりで花を買いに来た。
淡いベージュのセーターにピンクのチェックのスカート。
肩の辺りで切り揃えた髪が、動くたびに揺れて愛らしい。

フラワーキーパーの前に立ち止まり、真剣な面持ちで花を選んでいる。
母の日でもないし、クリスマスでもないし、

「何のプレゼントかなぁ。」

と思って、しばらく様子を見ていた。
あっちを見たりこっちを見たり、あまりにも一生懸命でなかなか決まらない様子だったので、

「誰かにプレゼントするの?お誕生日?」

と声をかけてみた。
少女は首を横に振る。

「お母さんにあげる。」

と言う。

「お母さんお花が好きなん?」

と聞くと、今度は首を縦に振る。
こんなおっさんが相手したら緊張して言葉にならないかなと思って、ニコニコ笑顔を頑張ってみた。
しかし、少女の口から思いがけない言葉を聞いて、胸がつまった。

「パパが死んじゃったの。ママ元気ないの。だからお花あげるの。」

そんな言葉を口にしながら、一生懸命お花を選んでいる。
泣きたい気持ちで爆発しそうになった。

「そっかぁ。。。お母さんきっと喜ぶねぇ。」

笑顔を頑張れなくなってきた。
それから色々話を聞いてみると、つい最近お父さんが亡くなったこと、お母さんが時々泣いているのを見かけること、おばあちゃんに、お母さんがどうしたら元気になるか聞いたら、お花がいいよって教えてもらったことが分かった。

レジの後ろへ駆け込んで、しゃがみこんで急いで涙を拭いて、パンッパンッと頬っぺたを叩いて気合いを入れなおした。

「どれにしよっか?お母さん何が好きかなぁ?」
「これがいい。」

指の先にはチューリップ。
鮮やかな明るいオレンジ色。

「うん、チューリップかわいいね。じゃあ、リボンつけるからちょっと待ってて。」

女の子は大人しくじっと見ている。

「お母さん早く元気になるといいね。」
「うん。」

出来上がった花束を大事そうに抱えて、ニッコリ笑ってくれた。

「ありがとう。」
「気をつけてね。バイバイ。」

と言って手を振った。
元気よく手を振りかえしてくれると思ったら、ぺこりとおじぎをした。
小さな女の子が頭を下げる姿を見て、限界に来た。
どしゃぶりの雨のように涙が溢れて止まらなくなった。

もっと他に言ってあげられることはなかったか、
してあげられることはなかったか。

そんな時に限って何にも出てこない。

急に思い立って、駆けていく少女を追いかけた。

「ちょっと待って!」

振り返ってきょとんとしている。

「ちょっとだけ待ってて。」

店に入ってきたばかりの小さな小さなチューリップの鉢植えを急いでラッピングして、メッセージカードに

「はやくげんきになりますように。」

とひらがなで書いた。
その時初めて名前を聞いた。

「みかより」

と書き添えた。

「これも一緒にプレゼントしてあげな。これは親指姫っていう名前のチューリップやねん。かわいいでしょ?」
「うん。ありがとう。」

もう一度、さっきより、もっといい顔をしてくれた。

「バイバイ。ありがとうね。」
「バイバーイ。」

花よりも何よりも輝くように明るい笑顔だった。

後日、お母さんと、おばあちゃんと、みかちゃんが店にやってきた。
わざわざお礼を言いに来て下さったのだ。
ピンクのチューリップで花束を注文して下さった。

「この子はピンクが好きなんです。私がオレンジ色が好きなものですから、こないだはオレンジを選んでくれたみたいで。」

みかちゃんはただニコニコしている。
花束を本当に嬉しそうに抱えながら、お母さんとおばあちゃんを交互に見上げる。

「よかったね。」

おばあちゃんが頭をなぜる。
お母さんは優しい顔で見ている。

「うん!」

お母さんはきっと元気になられたことだろう。
小さな小さなみかちゃんの笑顔は、今も明るく輝いていることだろう。

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